4r
ティアの拳は、確かにガムラオルスに届いたはずだった。
しかし、彼女の手は一枚の緑色をした羽根に触れた。それは障壁となり、暴力を遮る。
「なんで私を受け入れてくれないの……? なんで! なんで!! なんで!!」
『そうカッカしないの。そんなんじゃ本当にこの子を殺しちゃうって』
その声を聞き、ティアは顔を顰めた。
「ライラ、なんで私の邪魔をするの」
『なんでってそんなの聞くまでもないでしょ。ぐっすり眠っている時に、家の近くでこんなに騒がれたんじゃ、落ち着いて眠ってもいられないわ』
「……」
『怒った? じょーだんだって、じょーだん。本音言うなら、友達が後で後悔しないようにする為よ』
「どういう意味なのよ? それどういう意味なの!!」
彼女はもはや、物事を冷静に判断する余裕を残っていなかった。
ただ怒り、全てを暴力でねじ伏せることしか考えられない存在だった。
『ガムラオルス君が死ねば、ティアは悲しむでしょう? 私は、それが嫌なのよ』
「ガムランは死なない! どうせ私を困らせようとしているの!! だから、そろそろふざけるのはいいかげんにしろって――」
『反省させる為に殴り殺すつもり?』
それを言われ、ティアは一度止まった。
気付かなかったことを指摘されたから、のようにも見える。ただ、彼女の場合は違っていた。
「ライラの言ってるのは間違ってる!!」
『何を使ったか知らないけど、分からず屋になっちゃったわけね。じゃあ――友達として、止めなきゃ』
瞬間、周囲の空間が歪むような、凄まじい圧迫感が山全体を包み込んだ。
「さ、掛かって来なさい」
ティアは暴れるがまま、強烈な気配の方に向かって飛んでいく。
その翼は黒く染まり、緑色の片鱗を探る方が難しいほどに暗く闇に落ちていた。
そして、彼女が飛び込んでいった空間は――風の聖域だった。
その内部へと突入した瞬間、無数の羽根が矢のように降り注ぎ、ティアの体に突き刺さっていく。
「ティアに私の声が届いていないってことは分かってる。だから、最初から本気で行かせてもらうわね」
彼女の体に食い込んだのは、超高密度に圧縮された風属性のマナ。凄まじい切断性能を有し、彼女の翼でも弾ききれない代物。
「まぁ、殺さない程度にはしておいてあげるから。なにせ――」
その声を遮るようにティアは叫びを上げ、肉体に食い込んだ羽根矢は真っ黒な緑によって、衝撃波と共に排泄された。
「わお」
「私の邪魔をするなら、ライラでも倒す」
彼女が睨め付ける先には、鳥と四足獣が混ざり合ったような存在――風翼獣がいた。
ただ、その風翼獣はただの風翼獣ではない。空を覆い尽くすほどの超大な体を持ち、その顔は生物由来とも、人工物とも思えるような仮面に覆われていた。
「《星》と《神獣》が戦うなんて、悲しいこともあるもんだね」
ティアは有無を言わさず、翼を噴射して近づいてくる。
歩み寄る為などではなく、障害を排除する為に。
その殺気は《神獣》のライラにもよく分かっていた。
「そんなにやる気になったんじゃ、私も手加減できないって」