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もはや、ガムラオルスは敗北していた。
自分の障壁となるものを打ち破る、という目的によって変化した神器も、彼の闘志が消え去ったことで元の無骨な姿に戻っている。
もし、あの姿のままであれば、振り切ることは十分に可能だっただろう。
つまり、これで万が一にも彼が勝つ見込みはなくなった、ということである。
ガムラオルスの背中に、拳が叩き込まれた。続いて、追撃するように翼の出力を増し、ティアの飛び蹴りが炸裂する。
彼女の身体能力は知るところだろう。このような攻撃を浴びせられた時点で、彼の体はただでは済まない。
その上、噴射する緑色の力により、威力はさらに拡張されている。このラッシュは、もはや殺人の為の攻撃でしかなかった。
対話など存在しえない、ただの殺し合い――いや、一方的な嬲り殺しだ。
弱り、出力の落ちたガムラオルスを追い越し、真正面から拳打の連打。
そのまま、落下が速くなれば翼で距離を詰め、攻撃が止まることはない。
「なんで! なんで!! なんで!!!! なんでわかってくれないの!? 私は、こんなにガムランが好きなのに! 大好きなのに!!」
もはや、彼女の言葉は会話の形を成していなかった。
ただ怒り狂い、その怒りを暴力に変換して叩き込んでいるだけだった。
対話などではない、一方的な押しつけ。従わなければ殺すという類の――理不尽な暴力。
彼女の感情が昂ぶる度に、肉体の修復は速度を増していく。
しかし、破壊力を増した攻撃は彼女の体にも牙を向き、凄まじい勢いで殴りつけた腕は拉げ、骨は折れ、絶えきれなくなれば千切れる。
そして、なくなった断面から再び腕が再生しては、ガムラオルスをひたすらに殴り続ける。
「私は! 私は……?」
どうにか防御や回避などで応じていたガムラオルスの動きが、完全に止まった。
両肩より放たれていた光は止まり、彼は力なく落下していく。
「なんで……? なんで? なんで死んじゃうの? なんで――私を困らせるの!?」
彼女は濃い緑色の光に背を押され、自由落下していくガムラオルスへと迫った。
しかし、それは助ける為などではない。彼女の手はほどかれてはおらず、強く――自身の指の骨が砕け散るほどに強く、拳を握っていた。
今のティアは、ガムラオルスを殴り殺そうとしている。
それは他でもなく、彼への反発心からだ。死を取り消させる為に、暴力で解決しようとしているのだ。
もはや滅茶苦茶である。彼女は理性もなく、ただ暴れ回っているだけだった。
そこでようやく気付いた。彼女の模倣は、完全ではないことに。
最初こそは黄緑色だった翼は、彼女の感情が荒れる度に、どんどんと明るさを失っていた。
藻の繁殖した池のような、薄暗く深い緑色。それは、彼女の中の負の力が高まっている証拠だった。
彼女は神器の構造を確認していた。それ故に、模倣の精度は評価に値するほどだった。
だが、構造を知っていたからこそ、余計と考えられた要素を省いたのだろう。
そうして省略し、容量内に収めきった。
神器はそもそも、人が手を触れるような類のものではない。
そこにある構造の意味は、今の人間には分かり得ないことなのだ。それを無視して、自分で作り替えようとすれば、当然――条理を無視しただけの反動が主を襲う。
その反動とはつまり、愛する者を自らの手で殺める、ということだ。
既に死に体の彼を終わらせようと、彼女の腕が伸びた。