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「好きだと? くだらない」
「……」
ティアは何も答えず、ガムラオルスへと急接近した。
その驚異的スピード、完全なまでの飛行の掌握具合を見て、彼は恐れるよりも先に嫉妬した。
「死ね!!」
「……」
彼女はやはり、何も答えない。
答えず、血にまみれた腕を用いて、突きを放った。
ガムラオルスの翼がこれを迎撃しようとするが、ティアは瞬時に着地し、両翼をもってこれを打ち返した。
「こい……つ」
肋骨を穿ち、そのまま彼の中に少女の腕が突き刺さった。
体内で流血が混ざり合うが、やはりティアは黙ったままだ。
「(迷いがない……そして、翼のことをよく理解している)」
彼の頭は冴えていた。
ぐりぐりと腕が突っ込まれているにもかかわらず――いや、それ故に落ち着いているのだろうか。
確かに、ティアは翼での防御を行おうとした時、着実に着地した。
もし、片翼で打ち返そうとすれば、バランスを崩して地面に叩きつけられていたことだろう。
翼を使い慣れたガムラオルスであれば、瞬時の切り返しでこれを行えるが、彼女はできないと断じて安全策を打った。
ただ、これは臆病というよりも、理解した上の懸命な手である。
飛行であればミスは許されるが、この防御にミスは許されないのだ。
彼女は《星の秘術》の発動で状況を大きく変えたものの、傷の回復は未だ完全ではない。
ティアは黙っていたが、その理由は心情的な面だけではなく、肉体的なものもあった。
「(白い……眩しい……)」
ここに至るまで、彼女はあまりに出血しすぎた。
回復が若干間に合っていなかったこともあるが、ティアの症状は貧血のそれに近い。それも、意識が飛ぶ寸前の重度なもの――つまるところ、失血死寸前。
少し動くだけで動悸が起き、視界は常にめまいをおこしているかのように、白けていた。
「(辛い……苦しい……)」
彼女がショック死に陥ることはないのだが、精神的にはかなりショックを受けていた。
ガムラオルスは何を言っても受け入れようとはせず、どれだけ愛情を向けても、それに応えてくれないことに。
ただ、それでも彼女は諦めようとはしない。彼女は諦めが悪いのだ。
「っ……放せ!」
「放さない」
彼は舌打ちをすると、翼を噴かせ、空へと逃れた。腕は引き抜けるが、傷口からは多量の血が垂れ流される。
彼女から距離を取ったこともあり、彼は急いで《魔技》を発動させ、応急処置を図った。
当たり前だが、これが普通の戦い。ティアのように自動回復の行えないものからすれば、手傷というのはそれだけで戦局を大きく左右するのだ。
だからこそ、彼は回復の《魔技》はきっちりと習得していた。回復のレベルでいえば、程度の低いものだが、それでもないよりはマシだった。
あふれ出ていた血は垂れるような量に減り、どうにか意識を失うことは防げたが、これで攻勢に出られるわけではない。
彼はどんどん高度を上げていき、彼女から逃れようとした。
そう、逃れようとしたのだ。
「(結局、俺はなにも変わっていないのか……? 俺はいつまでたっても、一人じゃ何もできないのか……?)」
否定の言葉を叫ぼうとするが、彼は力なく項垂れ、言葉を留めた。
「何が違うもんか……」
気付いた時、下方からは凄まじい勢いでティアが迫ってくる様が目に映る。
彼は驚き、空へと逃れようとする。翼というアドバンテージを失った今、ティアに勝てる見込みなどなかった。
恥もなく、もはや逃げるしかなかったのだ。
だが、逃げに徹してもなお、ティアの速度の方が勝っていた。
「……絶対に、逃がさない」