願いを叶える翼
「これは!? あり得ない……!」
彼の黒い翼を防いだのは――優しく包み込むような、黄緑の翼だった。
「間に……あった」
息絶え絶えになりながらも、ティアは立ち上がった。いや、正しくは浮かび上がったのだ。
彼女の翼はガムラオルスのそれを思わせる挙動をしており、人一人を浮かせるには十分な力を有している。
だが、彼女の場合は練習もなく、土壇場で安定飛行を実現していた。
もちろん、高さが違う上、出力も弱い。それでも、ガムラオルスにはできなかったことだった。
「またしても……またしても、お前はッ――」
彼は再び、ティアの生み出す輝きによって、かき消されそうになった。
多くの修行、戦いの中で磨き上げ、自身のものとした技術がこうもあっさり再現される。
そして、それをやったのは他でもなく、全てを持っている少女だった。
ガムラオルスにとって、翼とは唯一絶対のアイデンティティだった。誰にも真似のできない、自分だけの切り札だった。
それが、いくらでも得意なことがある者に奪われたのだ。これほど憤りを覚えることはないだろう。
「ガムランがどこかに飛んでいっちゃうなら、私も一緒に行くから! 絶対に、追いかけて追いつくから」
この《秘術》――《星の秘術》に込められていた願いは、まさしくそれだった。
翼を有し、空の人となったガムラオルスと共に歩む為に、彼女は彼と同じ翼を欲した。
それ故に、あの翼から感じる力は神器のそれと極めて近い――いや、本物と同一といっても過言ではないだろう。
「どうして、どうしてお前はそうやって――そうやって簡単に、俺のできないことをやるんだ! どうしてお前は、俺から全てを奪っていくんだ!」
「……簡単じゃないよ」
ガムラオルスの言葉が止まった。
「私馬鹿だからさ、ガムランが出てってから、ずーっとガムランのことを考えてたんだよ。里のみんなのことをエルズに任せて、ずっと」
そう言い、彼女は自身の翼を撫でた。
莫大なエネルギーの放出のはずのそれは、まるで触れられることを受け入れたように、柔らかな質感に変わる。
「覚えているでしょ? ガムランの神器を見せてもらったこと――あの時に見たことを思い出して、ずっと考えて、頑張って……この術を作ったんだよ」
平然と言っているが、それは常軌を逸したことだった。
神器は一つにしても、世界を二十二分割した情報量を有している。
それほど莫大な量ともなると、個人が一人で追い切れる量ではないのだ。
なにより、神器は模倣できるような類のものではない。この世界の法則に従う限り、その写しは半分に達することもできずに限界に達するのだ。
だが、彼女は天性の感覚で、《星の秘術》の性質を読み、利用した。
世界の秩序さえ揺るがし、法則の枷に縛られない形式だからこそ、神器のコピーなどという規格外のことを成立させた。
「だから、この翼はガムランへの想い。私はこれっくらい、ガムランのことが好きなんだ!」
あれほどまで傷つけられてもなお、彼女の想いは変わらなかった。
それもそのはずだ。この《秘術》を成立させ、そしてこの場で発動できた時点で、その愛に偽りはないのだから。