19r
「(こいつは……どうして、どうしてこんな強く在れるんだ)」
無意識に体を動かしながらも、彼は俯瞰するような視点からそう思っていた。
目の前の少女――幼馴染は窮地に立たされながらも、その顔から笑みを消していなかった。
どれだけ傷つこうとも、反撃さえできずとも、絶望の色を見せはしなかった。
それが、彼にとっては許せなかった。
「(どうして、こいつは何もかもが上手くいくんだ。どうして、こいつは悩むことを知らないんだ! どうして、こいつは――ッ!!)」
鋭い怒りが全身を巡り、彼の攻めは勢いを増していく。
気に入らない現実を叩き壊し、自分にとって優しい世界を作る為に――子供じみた高みを得る為に。
彼からすれば、ティアは憎しみの対象でしかなかった。
自分が多くの挫折を味わい、多くの苦悩を抱える中、それらとは無縁のように生きる彼女が気にくわなかった。
何の努力もなく、全てがご都合主義のように上手くいく彼女が、自分の望んだ理想であるからこそ――それを存在させるわけにはいかなかった。
自分を今までを嘘にしたくない。間違えた人生を歩んできたと感じたなくない。
這いずりながら、先往く者の足首を掴む亡者のように、彼は自身の理想を強く否定していた。
それはただの理想でしかなく、実像がないからこそ手に入らなかったとする為に。
もし本当にあるのであれば、それに届かなかった自分が如何に愚図であったかを自覚せざるを得ないのだ。
光一つも見えない闇の中に彼はいた。
そして、目の前には姿さえ覆い尽くすような輝きが満ちている。
見ることさえも憚られるような、眩しすぎる光。
それこそが、自分を闇たらしめている、とさえ彼は感じていた。
自身の人生を覆う影を取り払うように、彼は黒い翼を振るい、光を黒く塗りつぶそうとする。
「間に合わなっ――」
ティアは両手で防ぐが、親指だけを残し、手が食い散らされた。
止血は瞬時に行われるが、修復はまだ行われていない。
しかし、ガムラオルスは止まらない。彼の翼は弱った獲物の息の根を止めるように、追撃を放った。
ティアは莫大な量の《魔導式》をちらと見やり、これまで守り通していた足を振るう。
高エネルギーと蹴りの運動エネルギーが衝突し、轟音が鳴り響く――が、やはりというべきか足りなかった。
彼女の右足首は撥ね飛ばされ、彼女自身もはじき飛ばされる。
利き足の明確な欠損。先の例から分かる通り、こうなるとしばらくは万全の移動は行えない。
痛みを堪えて歩いたところで、回避の足しにはならないだろう。
この時点で、勝負は決した。
ガムラオルスは獣のような呻きを吐きながら、彼女に迫っていく。
その歩みは自身の足で、まるで相手にできないことを見せつけ、絶望感を与えようと――いや、羨望や嫉妬を引き出そうとしているようにも見えた。
「あと……少し……」
ティアは痛みに震えるが、《魔導式》を刻んでいく。
最後の瞬間まで、彼女は諦めるつもりはないようだ。
そんな抵抗が気に障ったのか、彼の翼は粘りけを得たように、ぬるりと近づいてティアの太腿に突き刺さった。
「っっっ……ァ!!」
鈍い痛みがゆっくりと、しかし確実に速度や鋭さを増しながら彼女の全身を走る。
絶叫するほどの痛みを覚えながらも、彼女の咽頭は嘔吐でもするような挙動で、声のない叫びをあげるだけだった。
苦しみに歪む顔を見て、ガムラオルスもまた薄ら笑いを浮かべた。
「これで……俺は、解放される……過去の、影から」
そう言い、射程内に収めた彼は一対の翼を振り上げ、少女を終わらせようとした。
「……い上がれ……」
「……?」
「舞い上がれっ! 願いの――翼ッ!!」
《魔導式》が一斉に輝きだし、ガムラオルスはことの重大さに気付いた。
「《秘術》……ッ」
スタンレーとの戦いで幾度も見たそれを、彼は意識してなかった。
怒りに囚われ、普段の観察能力さえ残っていなかったのだ。
だが、過ちは過ちとばかりに、彼はそのまま押し切ろうとした。
「《星願》!!」
凄まじい閃光が放たれ、彼の黒い翼は何かに遮られた。