17r
「これで、終わりかな」
力なく倒れ、ついに気絶したと思われたガムラオルスを見つめ、ティアはゆっくりと近づいていく。
彼女は気を弛緩させ、どこかもの悲しそうな顔をした。
そうせざるを得なかったとはいえ、彼女としてはこの結果は不本意でしかない。
個人の目的で使うべきではない《星》の能力を使い、愛する人を傷だらけにし――ティアは制限を外した瞬間から、楽しさを失っていた。
ティアはガムラオルスと戦うことが好きで、こうした状況に至ってもなお、どこかで楽しもうとしていた。
だが、結局は手段を選ばず、人の手に余る卑怯な手を使い、圧勝した。
ずるい、ということは彼女も分かっていた。だからこそ、自分の願いが叶うとしても、喜びはない。
屈み込み、ガムラオルスの頬を撫でると、ティアは彼を抱え上げようとした。
だが、次の瞬間――。
「え……」
何かが振りかざされた。
カマキリの鎌のような、何かが。
彼女は驚きながら、魔物の姿を追う――が、姿はおろか、魔力すら存在しない。
順次確認を済ませ、彼女はようやく気付く。自身の半身がぱっくりと縦に割られていることに。
「っ――」
彼女は叫びだした。その痛みは想像を絶し、《星》の肉体でカットしきれない限界量に到達している。
意識が揺れ、そのまま倒れそうになるが、彼女はマナの吸収を再開した。
そう、彼女は油断していた。勝負は決したと思い、急激なマナの集約を切っていたのだ。
しかし、飛びかけた意識では蓋を開けきれず、どうにか気を保つのが限界だった。
「いたい……いたい……」
首の真横から縦に切られ、その断面は腹部まで到達している。
そんな自分の姿を見て、ティアは貧血気味になった。
いくら肉体の修復が可能な彼女でも、こうして自分の体が滅茶苦茶になっているのを確認した上で、平然とはしていられない。
「お前を……殺す」
倒れていたはずの、ガムラオルスは立ち上がっていた。
だが、彼の神器はそれまでと違う形に変形している。
スタンレーとの戦いの中で見せた、エッジの利いたフォルム。色は赤黒く、両肩より伸びる翼は鎌の形を取っている。
「なっ……なんで」
この変化は、彼女にとっても予測外のものだった。
確固たる物質が、何を吸収するでもなく大きく姿を変えるなど、この世界の法則に反している。
「(……あれは、ガムランじゃない)」
彼女はガムラオルスから放たれる魔力が、別のものに変化していることに気付いていた。
「誰……? あなたは、誰?」
「……」
答えはなく、翼に取り込まれた男が襲いかかってきた。
ティアの肉体は次第に修復され、どうにか切断面が繋がった、という状態に戻っていた。
痛みは続くが、攻撃を避けようと後方に飛び退くが、体が真っ二つになるような激痛が襲いかかる。
「っく……いったぁい……」
塞がり掛けたの傷口は、風の一族の驚異的な身体能力に対応し切れていなかった。
傷口からは血が吹き出し、どうにか肉がくっついているという程度になってしまった。
だが、翼は容赦なく迫る。空振りした後も、薄黒い光の鎌は獲物を捕らえるべく、身を伸ばした。
翼の切っ先は彼女の鎖骨を捉え、切断する。
「回復が……間に合わない……っ」
閉じられていた蓋は次第に開け放たれつつあるが、まだ風の大山脈内で戦うのと同様の回復スピードにしか達していない。
重傷ともなると少々時間が掛かる、というと弱いようにも感じるが、先ほどまでの回復速度が異常すぎたとも言える。
ただ、その異常な速度に戻らない限り、彼には打ち勝てないだろう。
何せ、今のガムラオルスの攻撃は彼女の回復ラインを完全に越えているのだ。