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「馬鹿言え……こんなところで、俺が負けるか――負けられるかッ!」
彼は瞬時に出力を高め、ティアに迫った。
翼のもたらす超推力は、なにも飛行に限ったものではない。直線運動時の加速にも適しているのだ。
「俺の前から消えろッ!!」
「消えないっ!」
ティアは蹴りのモーションに移行し――剣を叩き落とした。
「っく……!」
「もう、ガムランに背中を向けたりしないから!」
今の反撃は、神器の仕様を完全に把握していなければできないような、僅かなズレもない最適のタイミングに撃ち出されている。
先ほどの攻防で、エネルギー変換効率も見切った、ということだろう。
使うことすらなく、ただ一度見るだけで《翔魂翼》の全容を掌握するなど、凄まじく理不尽な話だ。
しかし、ガムラオルスは戦闘を続行する。武器を失いながらも、素手で突きを放った。
当たればただでは済まない攻撃なのだが、ティアは避けない。
貫手が少女の皮膚を突き破り、内側の奥深くまで抉り込まれた。
痛みに顔を歪めるティアだったが、口許は笑みが湛えられている。
「くそっ!」
彼が拳を握り込むと、指や爪が少女の中身を混ぜ合わせながら、何かを掴んだ時点で止まった。
「もう……逃げないって……」
息も絶え絶えだが、彼女の表情に弱さはない。
「決めたからっ!」
瞬間、それまでの疲弊が吹っ飛んだかのように、彼女は明瞭な声でそう発した。
それが掛け声の役割を果たしたのか、彼女はそのまま蹴りを放ち、ガムラオルスの腹へと痛打を浴びせる。
その驚異的な破壊力により、彼は血を吐き出しながら吹っ飛ばされた。
色鮮やかなままの、真っ赤な傷口が彼女の胸に開いていた。
しかし、それは異物を排除した途端、瞬時に元の形に治っていく。
「ば、馬鹿な……」
彼は手に握ったものを見て、戦慄した。
彼女は、自身の心臓を平気で捨て去ったのだ。
少なくとも、彼を吹っ飛ばした瞬間には、完全に心臓がない状態で肉体が動いていたことになる。
しかし、それは驚くことでもない。彼女にとっては、心臓が数秒――それこそ、数時間はなくとも影響はないのだ。
肉体が死亡していたとしても、マナや導力を循環させることで意識は保てるし、肉体も駆動させ続けられる。
これこそが、《星》の戦い方。人間の限界を超越し、人間の常識では打ち倒すこともできない怪物。
「(まだ、俺はこいつに届かないのか――いや、そんなことはないッ)」
彼はゆっくりと立ち上がり、再び翼を噴かした。
強烈な蹴りにより、凄まじいダメージが蓄積しているが、彼の心はまだ折れていない。
再度、直線的な動作で加速した。
ティアは彼の姿をしっかりと捉え、無傷で倒せるという確信を得る。だが……。
「死ねッ!」
「死なないっ!」
彼の拳が炸裂するが、ティアは全く引かず、同様に殴り返した。
顔面に少女の握り拳が食い込むが、彼は必死の形相を浮かべ、再度攻撃態勢に移る。
「往生際が悪いんだよ! 死ねッ! 死ねッ! 死ねッ!!」
怒濤のようなラッシュが叩き込まれ、彼女の体は壊れていく。
白い肌は鬱血し、内部の肋骨は砕け散り、臓器に突き刺さっては傷を広げていた。
だが、彼女が苦しむのは一瞬、すぐさま強気な表情になって彼を見つめ返す。
「死なない! 絶対に死なないっ! ガムランを――絶対にガムランを連れて帰るから!!」
彼女の体から骨が吐き出された。それらは緑色の導力に包まれ、無理矢理体外に排出されたのだ。
そうこうしている間に彼女の肌は再び白い色に戻り、失われた骨も修復する。
体力が万全になるのは一瞬。そしてその一瞬の後に、彼女は凄まじい勢いでガムラオルスに反撃を行う。
拳、蹴り、空中に飛び上がってからの回し蹴り。
その全てが彼の体に直撃し、刹那の内に叩き込まれた攻撃により、ガムラオルスは吹っ飛ばされた。
彼もまた、自身の体が悲鳴をあげているのが分かった。
ティアは驚異的な再生能力を持っている。しかし、彼にそれはないのだ。
今こうして意識を保てているのも、興奮が肉体を覚醒させているから。当然、肉体の負荷は一切減っていない。
「く……そ」
意識が揺らぎ、立ち上がる為のエネルギー供給が滞るのを彼は感じていた。
「(俺はもっと……強くなりたい……あいつよりも、もっと速く、もっと……高く)」
視界は真っ暗になり、意識が闇の中に沈もうとした瞬間、彼はそれを聞いた。
『もっと強く望め……お前より速い者を……お前より高くに居る者を……消したいと……自分こそが……最も……』
彼は、見覚えのある闇の中に落ちた。




