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神器を用いた瞬間、形勢は覆された。
それは同じ《選ばれし三柱》であっても、神器の有無が大きく影響することを指していた。
――いや、正しくは神器という特異な力の影響か。
ティアは以前から彼の神器を見ており、その構造についてもおおよそは掌握していた。
それ故に、あの場面では魔力の量から出力を逆算したのだが、それが間違いだった。
確かに計算はあっていた。完璧ともいう読みだったが、あの神器は非常にピーキーで、フルスロットルにしたところで最高速に到達するまでには時間が掛かる。
ただし、それもティアは織り込み済みだった。
ずばり、読みを外したのが循環機構の影響だ。この神器が最高速に到達するまで、結構なラグがあると言ったばかりだが、この間にはエネルギーの許容量にある程度の限界がある。
神器が主に合わせて調整をするわけだが、この調整こそが加速に時間が掛かる要因であり、故に全開にしたとしてもそれが十割還元されるわけではないのだ。
変換された力は緑光として噴射され、変換が成されなかった部分はただのソウルとして吹き出される。
つまり、ティアの読みは出力された力の部分を見てのものであり、実際の変換効率は読みの外だった。
仕様を完全に掌握することはできない。それこそが神器の強みであり、機能の知識を力で打ち砕くことのできる能力だった。
「ガムラン、これで勝ったと思う?」
「お前に勝ち目はない」
「違うよ、私が聞いたのはガムランが勝てると思うかってこと。私が勝てないかなんて、聞いてない」
面倒だ、と思いながらも「言うまでもないだろう。俺の勝ちだ」と勝利宣言をした。
それを聞いた瞬間、ティアは口許を緩ませる。
「ガムランはあっまいなぁー私はまだ、生きているんだよ」
「それがどうした」
「本当はこんな卑怯なことはしたくなかったけど――私も、本気なんだよ」
意味が分からず、彼女を見つめた瞬間、ガムラオルスはその変化に気付いた。
「なっ……」
「ふっふーん!」
ティアの肉体が、驚異的なスピードで回復――というより、復元され始めた。
ちぎれた耳は生え換わり、腕の傷は塞がる。それどころか、彼女は両腕をぶんぶんと振り回していた。
「どういうことだ」
彼女の行動はつまり、粉砕された骨が完全に修復された、ということを示している。
あの戦いで浴びせた無数の攻撃が、文字通り一瞬で帳消しになってしまったのだ。
「この風の大山脈にいるかぎり、私は死なないよ。だって、私は《風の星》だから」
「……《風の星》か」
「マナを操る能力を得た人間。っていっても、操作できるのは風属性だけなんだけどね」
「それで、俺をここまでおびき寄せたわけか」
そう言い、彼は風の聖域を見やった。距離こそはあるが、ここまで近くまで来ていれば、マナの濃度は凄まじいことになっているだろう。
「それは半分正解。でも、本当に誰にも来て欲しくなかったから、ここにしたの。ガムランに付けられた傷なら、山のどこでも回復できるし」
皮肉なことに、これは真実だった。
時間こそ掛かるだろうが、山の麓でさえ数々の怪我は回復させることができただろう。
さすがに胴体を丸ごと吹っ飛ばすようなことになれば、かなりの時間が必要になるが――この聖域の近くであれば、指先でも残っていれば瞬時に再生が可能だ。
属性の聖域を守るという役目は、こうした副次的な効果をもたらしている。
国を守るのであれば、負けの可能性は僅かに存在するのだ。
だが、こと聖域の守護という使命に限って言えば、彼女らはまさしく世界最強の存在となる。
「体をズタズタにしても、されても、ガムランには戻ってきてもらうから」