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殺意はない。ただ純粋な――競技的なやり取りが行われている。
しかし、それは彼女の認識である。相対するガムラオルスに余裕はなく、次々と襲いかかる攻撃は奪命の一撃に到達していた。
ガムラオルスに対するのであれば、それだけの力が必要になるのだ。
「(俺を殺さないだと……? 俺はお前を殺そうとしているんだぞ)」
彼女の言葉が引っかかり、彼は怒りを滲ませた。
「(俺を殺さないだと? ならば、何故ここまで強い。何故、殺そうとする俺が勝てない)」
未だ、ガムラオルスはただの一発さえ受けていなかった。
しかし、それでも実力差を実感せずにはいられない。彼女の表情は疲れを湛えるどころか、遊びに夢中な少女の顔をしていたのだ。
顔は見えずとも、今自分がどんな顔をしているのか、それを彼が読み違えるはずがなかった。
体力こそは減っていないが、絶えることない緊張感は彼の表情を切羽詰まったものにし、彼女の余裕げなそれとは正反対になっていた。
「(クソが……あれだけの戦いを越えてもなお、俺は届かないのか)」
焦りが体に満ちた瞬間、彼は選択を誤った。
このまま、当初の作戦通りにことを進めていれば、確実に彼女の体力を削ることができただろう。
それはティアの態度から分かるとおり、彼女が競技的に戦っているからだ。
もし、この競技性が失われれば、彼の前提は大きく覆る。
「俺は昔の俺とは違うッ!!」
両肩が緑色に輝き、一対の緑光がティア目掛けて放たれた。
緑色の瞳に、それと同色の光が映り込んだ瞬間、ティアは真横に転がることで攻撃を回避する。
脅威の反応速度、そして運動能力。ゼロ距離からの光線ともなれば、回避猶予は鼓動一回分といったところだろうか。
彼女はその短い猶予時間に間に合わせ、攻撃中だというのに避けきったのだ。
「ガムランも本気ってことだね」
「……」
攻撃を行ってから、彼は後悔した。
自分が過ちを犯したということは、打ち込んでからすぐに分かった。
「なら、私も合わせていくよ」
ティアは《魔導式》の展開を開始した。
今まで、彼女は慢心していたわけではない。
言うまでもなく、格闘戦の方が体力の消耗が少ない上、術と格闘の併用ではガムラオルスには届かないと分かっているのだ。
だが、相手が飛び道具を――そして高機動を獲得したとなれば、そうも言っていられない。
良くも悪くも、彼が格闘に応じている限りは、彼女はそれを押し通すつもりだった。
なにせ、ガムラオルスの前提が成立するのは驚異的な回数の完全回避に成功した時だけ。
一般的に考え、攻撃命中が先んじるとするのが普通だった。
両者ともに、勝ちを目指しに行くのならば都合のいい戦い。故に、互いに格闘戦が成り立っていた。
「(ここから先は、俺も消耗を考えなければ……か)」
失敗は失敗と切り替え、彼は翼を噴かした。
出力をゆっくりと上げていき、体の負荷を考慮しつつ離陸する。
空中――つまり頭上を取ったのだが、それで有利不利が決まるということはなかった。
遙か地上で、ティアは強気な笑みを見せている。
「(いや、これで良かったかも知れない。あいつを前に、姑息な手を使ったところで……俺は過去を越えられない。俺が得てきた力、技術で――あいつを倒す)」