12r
「手を抜いているのか?」
ガムラオルスは言葉を発した。忌避し、それを避けるために戦い始めたはずだが、聞かずには居られなかったのだろう。
「ううん、本気の本気」
「ならばなぜ、殺しにこない」
「……組み手って、よくやったよね。ずっと昔に」
まだ、ガムラオルスが里にいた時のことを指していた。
「これも組み手だと言いたいのか?」
「うん。でも、ガムラン本当に強くなったね。昔は、私の方がずぅっと強かったのに」
かつての二人には、大きな実力差が存在していた。
こうして攻守に分かれて打ち合ったところで、ガムラオルスはただの一撃さえ浴びせられなかった。
しかし、今の一戦は違う。ティアが全力を尽くしても、明らかに避けきれない攻撃が無数にあった。
彼女からすれば、具体的に彼の成長が分かる一着だったのだ。
「ちょっと前、ガムランが里を出て行く前に戦った時より、もっと強くなったね」
「……それが、どうした」
「これで、ガムランの強さが分かったってことだよ」
彼女は遊びなどではなく、本気で彼の実力を調べる為、見に回っていた。
認識の誤差を修正することで、決定的な場面での判断ミスを減らす。こと戦いに関することだけにいえば、彼女に抜かりはない。
「今ので、俺の全てが分かったとでも?」
「うんっ! きっとガムランが私を倒しきる時には、近接格闘を使ってくると思うから」
そう言いながら、彼女は両手で殴るような動作を見せた。
「……」
これがふざけた態度なのか、彼女の本心なのかは彼にも分からないことだった。
しかし、言い分自体は正しい。
神器の力は強力だが、彼女と鎬を削り合う戦いをするとなれば、決め手はやはり近接格闘になるだろう。
彼の能力を完全に評価できていれば、詰めの部分で見落とすことはない。
「ならば、ここからが本当の命の取り合いか」
「……私はガムランを殺したりなんてしないよ」
これ以上の問答は意味がないと判断したのか、彼は口を噤んだ。
そして、今度はティアが攻めに回ってきた。
怒濤のような拳と蹴りのラッシュ。
動作の軽い拳打は、同じく拳によってブロックしていく。
そして、一撃を浴びせられれば致命傷になる、という蹴りについては確実に回避する。
攻守交代と言わんばかりの戦況だが、ガムラオルスは自ら守りに甘んじているわけではなかった。
ティアのラッシュスピードに対応するのが精一杯で、攻撃に回る余裕が僅かにもないのだ。
一発とも言える重い動作の蹴りについても、反撃に移るには隙が短すぎる。
こうなると、彼女の疲弊を待ち、大振りの攻撃を避けた後に攻勢に出るしかなかった。
彼女のスタミナは無限の如くにあるが、なにも本当に無限というわけではない。
ガムラオルスは自身の消耗をセーブしつつ、受けてはいけない攻撃を避ければいい。
対するティアは、ガムラオルスにダメージを蓄積させ、ダウンを取らなければならないのだ。
反撃を許さない超速のラッシュともなれば、消耗の速度は桁違いに上がる。
同じく風の一族であるガムラオルスであれば、彼女が疲弊しきるまで付き合ったとしても、スタミナ量で上回ることが可能だろう。
一見、泥沼の戦いにも見えるが、そうではない。
この戦い、ティアの側はともかく、ガムラオルスには猶予が全くないのだ。
軽い一発であればまだしも、それなりに重い蹴りを喰らった時点で、収支はマイナスになる。
彼の前提を成立させる為には、何百回という圧倒的数の完全回避を成立させなければならない。
これが如何に困難であるかは、素人でも分かることだろう。