11f
先制したのはガムラオルスだった。
利き手を剣の柄に掛けていた為、ティアは先の戦いで測っていた剣の射程を意識しつつ、接近する。
素手での迎撃、というのが狂気によるところではないことは、言うまでもないだろう。
いくら骨をも容易く断ち切る剣であっても、攻撃範囲が分かっていれば打ち落とすことは可能。
そして、ティアはそれを判断する反射神経も、実際に叩き落とす運動能力も有している。
一、二と時が迫る度に、彼女の鼓動は加速し、意識は伸びていく。
そして、まさに射程に入るというタイミングで迎撃に移った。
ガムラオルスであれば、他者の移動という不確定要素を含めてもなお、最速行動を誤らないと読んでのことだ。
実際、ガムラオルスにはそれを行えるだけの能力はあったし、やれば彼女の想定通りの動作に辿りついていただろう。
だが、あえて彼は外す。彼女の蹴りを見てから、後方へと飛び退いたのだ。
無論、この動作を見逃しはしない。ティアの瞳は確かにガムラオルスの軌道を捉えていた。
しかし、彼が一枚上手である。重い剣を打ち落とす為にと、彼女はヘビーモーションで蹴りを放っていたのだ。
さしものティアも、全力とも言える蹴りを片足では相殺しきれず、攻撃の続行を余儀なくされる。
ガムラオルスは彼女が完全に迎撃動作に移行するまで、自身の回避動作を引っ張っていた。
ただ、この攻防――読み合いは刹那の出来事。
ただの人間が見れば、ガムラオルスは攻撃のタイミングを逃し、危うく避けきったようにしか見えない。
とはいえ、ティアが――そしてガムラオルスが相手を風の一族、と定めているからこそこの状況は成立する。
強烈な蹴りが虚空を裂き、びゅうと風を切る音が鳴る。
人間の体技とは思えない、超速の技だが、勝手を知っているガムラオルスに驚きはなかった。
むしろ、彼は気にも留めないと言わんばかりに、彼女の動作が半ばに達した時点で接近を再開している。
ティアの足が地に到達した直後、彼は剣の射程に少女を収め、斬撃を放った。
さすがに避けきれないと判断したのか、ティアは急激に脱力し、この一撃を掠らせる。
胸と臍のちょうど中間といった位置の服が――皮膚が斬られたが、流血は少量で抑えられた。
ただし、これは無理矢理な回避。続くように、彼女は後方を確認することもなく、無防備に転倒した。
頭が地面にぶつかり、少なからず痛みが襲うが、意識は冴えたままで保っている。
ガムラオルスは追撃のように、ティアの上半身目掛けて突き立てた剣を押し込んだ。
こうなると、足での防御は相当に無理な体勢になり、三撃目の回避が不可能になる。
両腕にしても同じことで、仰向けになった状態では片手で弾くことはできないのだ。
この一手は半ば捨て。次なる一撃で確実に仕留めきる為の伏線でしかない。
だというのに、ティアは蹴りの動作に移った。
「(最悪の手を選んだか)」
足は女性的な股関節可動域を考慮しても、十分に驚くに値するほどの角度まで達し、その地点に辿りつくまでに加速された爪先は剣を僅かに弾いた。
切っ先は顔面に向かうが、彼女は咄嗟に首を動かし、片耳を吹っ飛ばされるだけに留める。
傷の深さ、流血量を考えるに、これは悪手のようにも思われた。
しかし、肝心のガムラオルスは驚き、剣を引き抜いて飛び退く。
「……チィ」
倒れたままのティアは、自分の肩に当たるほどに上げた足を振りかぶり、踵落としのような動作に合わせて起き上がった。
もし、彼が瞬時に回避の選択を取らなければ、あの蹴りが追撃中のガムラオルスに直撃していたことになる。
勝負は互角に見えた。ガムラオルスは無傷ながらも、決定的に決めきれず、ティアは致命傷を避けながらも手傷を負っている。
ただし、それは正確ではなかった。
ガムラオルスはここまで、攻めっ気を持って当たっていた。そして、ティアは日常会話のように、それに応えていた。
つまり、あれだけの手数をもってもなお、致命傷を与えられなかった時点でティアが勝っている。