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二人が辿りついたのは、風の聖域のすぐ近くの場所だった。
「……どうしてここを選んだ」
「ここなら、絶対に誰も来ないから。ガムランも知ってるでしょ? 風の一族なら、ここには近付けないって」
彼は納得した。
この地、風の聖域は風神とされる存在が住まう、聖なる地として知られている。
そこに近づくことが許されるのは、風神に許された巫女であるティアか――新たに族長に選ばれた者くらいだ。
つまり、ここには誰も訪れない。周囲への影響を考えず、自由に暴れられるのだ。
「礼儀知らずな女だ」
「ん? あー大丈夫大丈夫。ここで戦っていいかはもう聞いてるから」
彼女は他の者達と違い、風神と面識がある。故に、ここをそこまで重んじる必要がない、ということも分かっていたのだ。
「どちらにしても関係のない話だ。もう既に風の一族ではない俺からすれば、ここで戦うことに畏れなどはない」
そう言うと、言葉が真実であることを示すかのように、剣を抜き放った。
一族の人間であれば、この聖域にてそのようなことをすることが、どれほど非礼であるかは子供でも理解している。
そして、真っ当に親からの教育を受けてきた者であれば、こうするだけでも畏怖によって震え上がる。
だが、彼に震えなどはない。表情も穏やかで、一点の曇りもない。
それもそのはずだ。彼は地上での生活――退廃的な生活の中で、根深く侵蝕した教えを引き抜かれてしまったのだ。
「……正直、ここでガムランが止まってくれなくてよかったって、思ってる」
「……なに?」
彼女は少しばかりか影を含めた表情を見せたが、すぐに笑顔になった。
「私、ガムランと戦うの好きだったから。もう二度と戦えないかもって思ってたから――嬉しいの」
「戦闘狂が」
「かもね。でも、私って頭よくないから……きっと何を言っても、ガムランを説得できないと思うよ。だから――私の得意なやり方で、ガムランを連れ戻して見せるから」
彼女は吹っ切れていた。自分が帥に向いていないことも、打算で人を動かせないことも理解している。
故に、もう他人の土俵では戦わない。自分が最も得意とする、戦いによって彼を取り戻そうとしている。
暴力でしか解決できない、という事実を嘆く者はいるだろう。
だが、彼女にそれはない。ティアという少女は、ただ純粋に戦いを愛しているのだ。
「その方が勝手がいい。俺としても、これ以上無駄な問答は避けたかった」
「えへへ、それはどうかな? 私は、拳で話し合うつもりだからっ!」
両手の拳をぶつけた後、彼女は右手でガッツポーズを取って見せた。
相も変わぬ子供らしい仕草に、彼は呆れ果てるように片手で目を覆い、口許を緩ませた。
そして、鋭い眼光で彼女を睨み付けながら、彼は言う。
「俺を、昔のままの俺と思うなよ」