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「……やはり、ここだったか」
「覚えていてくれたんだ」
ティアは切り株に腰掛け、麓の方を見ていた。
そこはかつて、ガムラオルスが里を抜ける前にティアと会った最後の場所である。
彼女がこの場所を気に入っていることは、彼も知っていた。
ガムラオルスは一歩踏み出し、背を向けたままのティアへと近づく。
「構えろ」
「ガムラン、戻ってきてくれたんじゃないの?」
「……」
「ガムランが居なくなってから、ずっと後悔してたよ。あの時、もっと別のことが言えてたらなぁって」
「……」
「ずっと、謝りたかったよ。ごめんねガムラ――」
「俺をその名で呼ぶな」
彼はティアの謝罪を許しはしなかった。
彼女が何を言おうと、何をしようと、結果は変わらないのだ。
ただ粛々と、殺し合いを始めるだけ。故に、そこで何かを話し合う必要性はなかった。
「ガムラン……なんで」
「俺はかつての俺とは違う。弱く、ただ無力だった頃の俺とは――子供だった時の俺とは違う」
ガムラオルスは感情的になり、腰に差した剣に手を掛けた。
「もう、戻れないの?」
「……くどい」
彼が踏み込みを行った瞬間、ティアはバッタのように跳ね、彼の背後に回り込んだ。
無論、彼女の初動を追っていたこともあり、彼は移動の動作を取り消してから迎撃に移っていた。
斬撃が着地地点を通過するが、ティアはその反撃さえも予見していたかのように、空中で落下の軌道を逸らしていた。
紙一重――いや、切っ先が彼女の服を僅かに切り裂き、この攻防は終了する。
二人は黙ったまま、そこで静止した。
「(ガムランは、やっぱり私の知っているままだ)」
「(……何のつもりだ)」
ティアの方が読み勝ったかのような一着だが、そうではない。
ガムラオルスはティアを捉えてはいたが、ティアという少女を見てはいなかった。
彼女であれば、これはできるだろうという能力は、当然勘定に含めている。
しかし、彼が最終的に優先したのが、敵対者としての評価。相手ならば、どうやって自分を終わらせに来るか、というところだった。
つまるところ、ティアの着地地点では降下直後、もしくは降下中に攻撃を打つことはできない。
降下、移動、攻撃という複数タスクを含む為に、攻めとしては無駄が多すぎた。
故に、彼は読み違えた。
現にティアは移動を一際せず、着地地点で行動を終了したのだ。
これはつまり、初めから交戦する意志がなかった、ということを示している。
「私は戦いたくない」
「……俺から逃げられるとでも」
「追いつかれない自信はないけど、避けきる自信はあるよ。だから――私と戦いたいなら、ついてきて」
奇妙な提案だった。
だが、ガムラオルスは剣を収める。
彼女が誘導によって罠にはめることや、有利な地形に持ち込むことはないと断じていたからだ。
二人は敵対者同士でありながら、共に道を進んだ。
隙だらけにも見えるが、二人に油断はない。不意打ちを仕掛けたところで、互いに仕留めきることはできないだろう。
「みんな、ガムランを待ってるよ」
唐突に、彼女は口を開いた。
「ガムランはきっと怒ってるかもしれないけど、みんな謝りたがってるの。私も……」
「俺の居場所は、ここではない」
ここにはない、ではなく、ここではないと彼は言った。
少し前まで虚無に陥っていた彼だが、今は違う。スケープという女も、火の国という故郷もある。
彼女が知らないうちに、ガムラオルスは地上で多くのものを得ていた。
もちろん、それを言ったりはしない。
彼としても、それは副次的に得たものでしかなく、見返す為に手に入れたものではないのだ。
「は、早く戻ってこないと、ほんとに戻れなくなっちゃうよ! エルズがガムランの代わりに――」
「なら、それでいいじゃないか」
彼と違い、ティアは今もなお子供であった。
彼が飽くまでも地上での生活を選ぼうとするのを聞き、嫉妬させようと――もしくは、焦らせようと現状を口にしてしまったのだ。
ただ、それは何かを持っている人間には何ら意味のないこと。
「だが、忘れはいないか? 俺はこの山を取りに来た。お前を倒し、火の国への土産とする」
もはや、二人の戦いは避けられないものになっていた。
いやむしろ、止められるなどと思っていたのは、ティアくらいだっただろう。