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「せーんぱいっ!」
振り返ったシナヴァリアは凄まじく驚いたような表情をしていた。
「どうしちゃったんですか? そんな幽霊でも見るような顔をして──あっ、私に見惚れちゃいました?」
「いや……どうしたんだ?」
アカリをはじめから見てきただけあり、シナヴァリアはいつも見せないような具合に驚愕している。
かの事件から数日後、たったそれだけの期間でここまで変貌するものか、と。
ただ伸びっぱなしだった長髪も綺麗に切られており、ツインテールに結われていた。服装も女らしく、派手で露出の多い物になっている。
口には棒付きのキャンディーを咥え、口調も合わさってかなり俗っぽくなっていた。
「どうしたんだって……心境の変化って感じですかねっ!」
「暗部としての態度を取ってほしいものだがな」
「あっ、暗部って言えば、先輩は隊長になったんですよねっ! 聞きましたよ」
あの任務を追えた後、シナヴァリアは特例的に隊長への昇格が決まった。
本来ならば一年に一回の更新の日に限られるのだが、彼の場合は元々文官希望だったこともあり、軍人のルールには当てはまっていない。
「ノーブル様に頼んで私の配属も変えてもらいましたから」
「お前はもう暗部の人間だ。子供ではない」
「子供じゃない……ですか。そうだ、じゃあデートしませんか?」
「何故そうなる。私にも仕事が──」
背を向けた瞬間、アカリは人懐っこくシナヴァリアの体に密着した。
「せんぱーいっ、嘘はよくないですよ! 今日は非番じゃないですか」
「面倒だと言っている」
「はじめて人を殺して傷心気味なんですから、これくらいのわがままは聞いてくださいよーさもないと、善大王様にわがまま言っちゃいますよ?」
「……分かった。だが、なるべく早く済ませろ」
「そんなー堅物ぶっちゃって、先輩だって嬉しいんじゃないですか? 私みたいに可愛い子と一緒にデートできるんですから」
「帰るぞ」
「嘘ですよ嘘! あっ、私が可愛いことは本当ですけど」
シナヴァリアとしては、善大王に余計な用事を与えないようにと気を遣った節があった。
そして、彼女の言葉の通りに始めて殺人に手を染めたことに対するケアが必要、だとも。
おまけとしてアカリの変貌の真実を見極めたいというのもあったようだ。
そうして近くの喫茶店に入った二人は注文を始めた。
「コーヒー、ミルクをつけてくれ」
「えっと、バナナパフェとたまごサンドと……先輩と同じので!」
「そんなに食べるのか?」
「はいっ! 私は薄給ですから。隊長になってちょっぴりリッチな先輩に集っちゃいます! ごちそうさまでーすっ」
シナヴァリアはため息をつき、「以上で」とだけ告げた。
注文を受けてから用意までが早いのが特色なのか、シナヴァリアが話を切り出すよりも前に二杯のコーヒーが用意された。
夜空の如き真っ黒なコーヒー。隣にミルクの入った小さなカップが置かれている。
シナヴァリアは話始める前に、とコーヒーにミルクを注ぎ、かき混ぜてから啜る。
「へぇ、先輩ってミルクとか入れるんですね。なんかブラックで飲んでそうな印象です」
「いつもの癖だ」
シナヴァリアは一日に相当量のコーヒーを飲んでいる。それは暗部とは別の案件であり、文官としての知識を蓄える為、空いている時間のほとんどを勉学にまわしている。
つまるところ、胃への負担を和らげる為に入れているのだ。もちろん、砂糖などは入れていない。
平気な顔をして飲むシナヴァリアを見て、アカリも真似をした。
「……にがぁ、よくこんなの飲めますねぇ」
「おとなしく紅茶でも頼むべきだったな」
「好きな人と一緒のものを頼みたくなる乙女心ですよー分かりませんかぁ?」
そう言いながら、アカリはテーブルに置かれていたガラス瓶をみる。そこには砂糖が入っており、それに目を付けたアカリはスプーンいっぱいにすくい、コーヒーの中に突っ込んだ。
「うん、こっちの方がおいしいですね」




