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――風の大山脈、里にて……。
「ガムラオルスが!?」
「ええ、ティアの言うことだから、間違いないわ」
エルズは里に戻り、文官衆に話を通した。
この情報を一般の戦士に話せば、余計な行動をしかねないと判断してのものだった。
「敵戦力は? こちらの対策は……」
「戦力なんてのは気にしなくて良いの。風の一族を相手に、地上の人間が勝てる道理はないから」
彼女の判断は、ガムラオルスと同様の場所に立っていた。
ただ、大きな違いは二人の立場が違うということ。不利なガムラオルスと違い、彼女は有利な側から考えられる。
「そ、うですか」
「ただし、相手はこっちの事情を知っているガムラオルスよ。幸か不幸か、彼の残した機構はほぼ全て残っているわ」
彼が反旗を翻すという展開を予見していなかったこともあるが、大規模な改変にかかる労力を考慮した結果、前任者のそれを流用することになったのだ。
この文官衆もそうであるように、ガムラオルスの作った機構自体は上手く機能していた、ということも理由の一つである。
「それは最悪の事態なのでは? ガムラオルスには、こちらの手は全て読めてしまうはず」
「逆よ。向こうが斥候を出した時点で、こっちが何も変わっていないことは分かるはず。そうなれば、向こうの作戦は変わらずに続行される」
「……幻術による偽装、ですか?」
「それもできなくはないけど、あるものを使いましょう。相手は弱点を知っている……なら、そこを重点的に守ればいいのよ」
それを聞いた瞬間、文官衆は頷いた。
「確かに……しかし、本当に狙い撃ってきますか?」
「少なくとも、櫓の死角には差し向けてくると思うわ。あれは遠くからでも健在が確認できるから」
彼女の存在によって、ガムラオルスの言うところの頭のある集団に到達した。
これで初撃に背後から奇襲を受けることはなくなった。だが、それでは足りない。
「これで全てを打ち倒せる、と」
「……そうとも言い切れないわ。奇襲の箇所は二から三カ所は押さえておくべき。今から話し合うのは、監視の抜け目について」
「抜け目……確かに何カ所かは思い当たる場所はありますが」
「ガムラオルスが居た時代から分析して。それと、正面に戦力は全く出さないから、思いつく限りを言って」
彼女は奇襲一点賭けをし、正統派な地点を軽視した。
しかし、これが普通である。相手がまず間違いなく奇策を取ると分かっている以上、それを潰しに行くのが定石。
なによりは、この里にも無数の穴があるというのが大きい。
ガムラオルスはただ一カ所指定するだけでいいが、防衛側は思い当たる場所を片っ端に守らなければならないのだ。
「(たぶん、ガムラオルスはここに来ない。ティアの言うとおりに進むなら、作戦の内容は兵隊に伝えているはず――だから、事前の想定を越えた時点で、エルズ達の勝ち)」
相手に即応力はないだろう、というのはただの推測ではない。
当たり前だが、この風の大山脈は無数のトラップが仕掛けられている。知らない者が好き勝手に歩こうものなら、すぐさま捕らえられてしまうのだ。
それについては、諜報のプロでありながらも捕まった彼女が一番よく分かっていた。
事前知識の罠の位置、罠の読み方を知るガムラオルスが居ないとなれば、彼が授けた命令に従う他にはない。
予備計画まで与えているかどうかは、正直判断のしようがなかった。
重要になるのは、彼が抜けた後に強化された司令部の能力だ。
彼女はそう思いながら、話し合う文官衆を見つめた。