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――風の大山脈、山道にて……。
「将軍、どうやって攻め込みますか?」
「三段階で攻める。第一波として奇襲を、そして第二はとして王道の正面、最終に要地への同時攻撃だ」
彼は風の一族を程度の低い連中、と認識をしながらも、侮りはしなかった。
はっきり言えば、まず兵の練度――いや、根本的な能力が違うのだ。相手は超人の集団、こちらはガムラオルスの命令に従う兵隊。
真っ当に戦えば、勝ち目はない。なにより、今回は彼が全員を率いることができないのだ。
「将軍はどの段階で?」
「俺は単騎で別行動する」
「なっ!?」
「ミネアがどういう女か、知っているな?」
いきなり巫女の名を出され、一同は困惑した。
「そりゃ、まぁ……でも、今言いますか?」
「巫女とされる存在がどれほど規格外か、それを理解しているならばいい」
そこで話題が浮ついたものではないと把握し、皆は頷いた。
「俺はこの山の巫女と戦う――さしずめ風の巫女と言ったところか。あいつを倒せるのは、俺以外にいない」
単騎で巫女と戦う、などと言う男を見て、戦士達が何も思わないわけがない。
「一人で、勝てるんですかい?」
「無論だ。奴の性質はよく知っている。そして、奴は俺の変化を知らない」
彼は断じた。だからこそ、部隊の人間は皆が安堵し、「任せますぜ、将軍!」と乗ってきた。
ただ、こうは言っていても彼は何割か嘘を含ませていた。
勝てる、というのは打算込みではない。負けるわけにはいかない、という気概がほとんどを占めていた。
スタンレーとの戦いで地力が高まったとはいえ、あの戦いで変化した神器は元に戻っており、《天駆の四装》もここにはない。
なにより、今の彼にはトリーチの声は聞こえず、その能力も使えないのだ。
純然な意味でいえば、彼はかの戦いの時よりは弱体化している。
自信の裏付けとも言える、司書への勝利が絶対的な根拠とならない以上、絶対に勝てるというのは口先だけの言葉なのだ。
「(あいつのことだ。俺達の存在には気付いているはずだ――であれば)」
そう言うと、彼は紙を広げ「この順路通りに進んでいけ」と副官に当たる男に説明を行った。
その後、もう一枚の紙を取り出し、作戦概要を事細かに教えていく。
「奇襲は……この位置だ。この角度は森に面しているからこそ、櫓から目視できない。少なくとも、里に入るまでは気付かれない」
「里に入るまでは……?」
「奴らに頭があれば、ここを重点的に守ってくるだろう」
他でもない、この櫓の提案を行ったのはガムラオルスだ。
だからこそ、里の死角は誰よりも理解しており、それは相手も分かっている。
「それでは、わざわざ罠にはまりに行くようなものでは?」
「今言っただろう。奴らが対処できなければ、ここが最も有効な弱点だ。そして、もし対応できれば、攻め込むはずのない正面には無警戒になる」
最初に奇襲のルートを使うことで、ガムラオルスが自分達の知る存在である、ということを示す。
そして、戦術構築を行える人間がやるはずのない、少数兵での正面攻撃という愚行をもって真の奇襲を成立させるのだ。
「そして、この二カ所を攻め込めば、どういう対応であれ相手は戦力を分散せざるを得ない。そうなれば、要地の守りは薄くなる――そこを落としてしまえば、俺達の勝ちだ」
要地と言い、彼は司令部に当たる区画と族長の家を指した。
「第一奇襲部隊から順に、実力の高い者を振り分けていく。最終の要地攻撃部隊は自信のない者で十分だ」
そう言い、彼は編成リストも渡した。全く見ていないようで、彼も多少は部下の能力を測っていたのだ。
「最後の者が一番安全、ということですかい?」
「ああ、その代わりに責任は重大だ。真っ当にやり合えば、風の一族を撃破するのは不可能。だからこそ、奴らの弱点を押さえ、降伏を強制する――つまり、確実に押さえなければならない」
彼が実力順に編成したのも、これが原因だった。
つまるところ、敵を倒す為ではなく、目的が果たされるまでの時間を稼ぐのが主なのだ。
「さすがは将軍! これならば勝てます」
「……ああ」
この言葉に偽りはなかった。
彼が失望し、見捨てたままの姿であれば、この策に対抗することはできない。
ただ、もし自主的に自己を省み、鍛錬を続けているのだとすれば――勝負は五分に迫ることだろう。