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――風の大山脈にて……。
「……」
「ティア、どうしたの?」
ティアは黙ったまま、遙か先の麓を見つめていた。
「来たみたい」
「誰が?」
「……ガムラン」
それを聞き、エルズは眉を顰めた。
「なんであの人が? まさか、戻ってきた――やったじゃん、ティア」
「……」
エルズと違い、ティアには分かっていた。というより、見えていたのだ。
おおよそ人間では目視不可能なはずの距離だが、彼女は風の一族――その上、この土地は《風の星》なのだ。
明らかに異質の魔力が無数あり、それを統べているのがガムラオルスであるという時点で、ただ事ではない。
「ティア?」
「たぶん、ガムランはここを攻めに来たんだと思う」
「攻めに……? そんなことあるはずないじゃない!」
「でもっ……! ガムランの周りに、私の知らない火属性の魔力がいっぱいあるんだもん!」
それを聞いた瞬間、彼女は思い出した。
未来のガムラオルスは南に向かって飛び去った。つまり、彼が火の国に行ったのは確定である。
その国の人間を引き連れて戻るなど、普通ではない。ただの帰郷であれば、一人で来ればいいのだ。
「そうは言っても……エルズはガムラオルスに――」
頼まれてここに来た、と言う前に、エルズはもう一つのことを思い出した。
「(もしかして、このことを知っていたから、ガムラオルスはエルズをここに呼んだの……?)」
魔物の襲撃は幾度かあったが、その全てがエルズを絶対的に必要とするものだったか、と言われると微妙なところだった。
しかし、今回の場合は例外だ。相手はこの山を知りつくした人間。
「エルズ?」
「……手を打たないとね。ティア、里に戻るよ」
「ううん、私は――別の場所に行くから」
「なっ、なんで!」
「エルズ、里のみんなをお願い」
ティアの瞳に宿る決意を見たからか、エルズは何も言い返せず「無茶はしないで」と平凡な言葉を返すことしかできなかった。
そうして里に向かうまでの道で、彼女は思考を巡らせる。
「ティアは、ガムラオルスと戦うつもりだ。大好きな人と……本気で」
エルズが見た瞳に込められていたのは、明確な戦意だった。
話し合う気など初めからなく、この山を脅かす障害を排除する、という巫女としてのものである。
しかし、それが分かったところで彼女は何もできなかった。
親友がそれを決意した時点で、自分が口を挟む余地はないと分かってしまったのだ。
そうなると、彼女にできるのはただ一つ。
鍛え上げた戦士達を使って、敵を迎撃する。そして、この山を守る。
ガムラオルスが創設した部隊を用いて、彼の部隊を打ち負かすのだ。これほどの皮肉はない。




