30F
――闇の国、隠し牢獄内にて……。
「巫女様、これは」ディードは聞く。
「ライカちゃんですわ。もっといえば、我が国の兵器ですわ」
「……」
彼は闇の国の成果を未だに聞いてはいなかった。というより、それは国民どころか、軍に所属する者でさえ知らないという有様だ。
第一部隊、第四部隊が帰還したのは先日のこと。部隊の損害率を見るに、結果がどうであったかは誰にでも予想ができた。
しかし、それでも軍上層部はそれを口にしようとしない。
「この状態、ということは使われたということですか」
「ええ、それはもう。間諜に調べさせましたが、既には紫色の天使の情報が巡っているようですわね」
それこそが、彼女の真の狙いだった。
あの力の根源が誰であるか、それは未だに不明瞭である。
しかし、強力な雷属性の使い手である、と言うことは魔力の質からして明らかだろう。
ライカの奥の手が敵対者のものとして使われた以上、万が一、彼女が取り戻されるようなことになっても《星の秘術》は使えない。
相手の戦力を極限まで削ぎ落とす、というのが今回の作戦の本命だったのだ。
「紫色の天使……それが、この娘の力ですか」
「娘、と来ましたか」
「お気に障ったのであれば、謝罪します」
「いえいえ、事実ですわ。それに――あなたが、ライカちゃんを一人の女の子として見ている、ということに驚いただけですわ」
ディードは黙り込んだ。
もとより、ライカはこの国の兵器として組み込まれた。それを知っていれば、このような見方をするはずがない。
だが、彼は知っている。目の前で廃人然としている少女が、紛れもない一人の人間だったことを。
「では、あとは任せますわ」
「……わたしは、何をすれば」
「何も変わりありませんわ。ただ、いつも通り、ライカちゃんを見張ってくださればそれで結構」
「はい」
納得がいっていない、と言いたげな彼を見て、ライムは妖しい笑みを浮かべた。
「なにか?」
「……この兵器に、有用性はあるのでしょうか」
「あるとは思えませんわ。ただ、今回は軍の皆々様の要望もありましたし――民の気を晴らす為にも使用しましたわ」
それを聞き、ディードは眉を顰めた。
「この兵器は、今後使えるのですか?」
「正直に申し上げますが、それはほとんどあり得ませんわ。なにせ、ただ一度でもこのような有り様ですし」
「では、わたしがここに居る意味はッ――」
「ライカちゃんの調子が戻らない、と決まったわけではありませんの。それに、誰かが見ていた方が早く具合が良くなるかも知れませんわ」
外部からの刺激により、遅鈍化した頭が活発になりだす――というのは、心理の学問で明らかになっていることである。
精神干渉系の術を多く持つ闇の国なだけはあり、ディードもそれは理解していた。ただ、これが可逆的状態である、とは到底思えなかったのも事実である。
「ただ、気に入らないというのであれば、表の業務に戻すように進言いたしますわ」
それを言われた瞬間、彼は何も言えなくなり、黙って頷くしかなくなった。
「適材適所、ということですわね」
「……巫女様は、何を知っているんですか」
「人の心を司る闇の巫女を、甘く見ないことですわね」
彼女がいない間の自分の心情、それが見通されていると思い、ディードは内心で驚いていた。
「さて、邪魔者はここで退散させていただきますわ」
そう言うと、彼女は隠し牢から出て行った。
しばらくの間、ディードは椅子に座りこみ、ライカのことを見つめていた。
あれほど生意気に――自分の身分も弁えずに、好き勝手していた少女が、今は廃人も同然だった。
苛立ちを促すような言葉を吐いていた口は、わけの分からない呻きを紡ぐだけとなり、その目線も見当違いな方を見ている。
「お前は、何を見ているんだ」
それは紛れもなく、彼の独り言にすぎなかった。
彼女は敵対者であった。それは何も変わっていない。
そして、業務も変わってはいない。ここで見張るという仕事に、何一つとして変化はない。
だが、それでも彼はどこか居た堪れない気持ちになり、視線を逸らした。
「(巫女様は、一体どんな幻術を使ったんだ。こんな姿になるなど、普通じゃない……)」




