表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大空のフィア  作者: マッチポンプ
後編 ダークメア戦争
1152/1603

29C

「……え」

「宰相……何を」


 シナヴァリアは振り返ると同時に、手に隠し持っていたナイフを血振りし、白いハンカチに包んで懐にしまった。


「こちらが手を出さないと軽んじたのは、間違いだったようだな」

「ぐぅ……罪深き、異教徒がッ……!」


 地面に臥した法王は手を伸ばし、宰相の足を掴もうとするが、血を吐き出す。

 その瞬間、力が抜けたように手は地面に落ち、睨み付けていた瞳から眼光が消えた。


「宰相、自分が何をやったのかを理解しているのか!?」

「何の問題がある? これで教会は求心力を失う。後はゆっくり、こちらが集めた証拠を提示していけばいい」

「……殺したという事実は、消えない」

「ならば、こうすればいい」


 彼は懐にしまったナイフを取り出すと、ハンカチに包んだまま、地面に投げ捨てた。


「この国の医療部門は優秀だ。ここまで証拠を残してやれば、誰が犯人かが分かる」

「また、己を犠牲にするつもりか」

「私は戦場に戻る。教会の者達が幾ら憎もうとも、あの場に来たがる者はいないだろう」


 罪人が罪を重ねただけ、とシナヴァリアは言いたかったのだろう。

 だが、それは本質からしてズレていた。

 ダーインは本件を利用し、彼を宰相に戻そうとしていた。だからこそ、戦場に戻られては困るのだ。


「この男の所業(しょぎょう)を見た上で、私を裁きに来る者がいるというのであれば、この国の未来を憂うだけだ」


 それだけ告げると、彼はさっさとその場を離れた。

 大貴族はしばらく迷った後「姫、私は宰相を追います。なるべく早くこの場を離れるように」と言い、言葉通りに宰相を追った。


 その場に残されたアルマは硬直していたが、すぐにバールへと駆け寄ると、回復用の術を用意する。


「聖女……様」

「もう少し頑張って。あたしが治してみせるから」

「なぜ……? わたしは……」

「もう、誰一人だって死んで欲しくないもん。だから、あなたも助けるよ」


 彼女の言葉を聞いた瞬間、苦痛に歪んだ顔は脱力し、僅かばかり穏やかな表情に変化した。


「やはり、あなたは聖女だ……」

「静かにして」

「……全てが、狙い通りだった。あなたを利用し、民の信望を集め、戦いに向かった……」


 アルマは何も答えず、《魔導式》の展開を進める。


「だが、あの時……あの場に向かった時だけは(・・・・)、思い出してしまった。若き日の、本当に神を信じていた頃の、真の信仰を……」

「……」


 聖女は無反応を貫こうとしていたが、これには驚きを見せた。


「神などいない。神の奇跡などない。そんなことは、ずっと昔から気付いていた。そう考えて、長い年月を過ごしてきた……しかし、あなたはその手で、私の理想を果たした」

「りそう……?」

「皆が互いに理解し、思い合い、己を奮い立てて戦場に向かおうとする姿を見て……私は、真なる信仰を……教会の在るべき姿を、思い出した」


 アルマは術を発動させ、彼の傷を癒やしていく。

 心地よさが襲うが、法王は意識を飛ばすこともなく、話を続けた。


「ずっと昔、私はその理想を目指していた……それを思い出してしまった。もう覚めたと思っていた、過去の夢を」


 瞬間、彼の生命力が著しく減少していき、アルマは焦りを抱いた。


「喋らないで! もっと治るまでは……」

「思い出してしまえば、動かずには居られなかった。気付いたとき、私は皆と共に、あなたのいる戦場に――」

「喋らないで!! 絶対に死なせたりなんて……」

「もう、いいのですよ」


 彼の顔は死を受け入れたとは思えない、幸福に満ちた表情だった。


「救いもなく死んでいくはずの老体が、過去の輝きを――手の届かない理想を見れた。もう、悔いは……」


 そこで、アルマは彼の生命活動が終了したことに気付いた。


「なんで……じゃあ、なんで」


 目の前の理不尽に絶えられなくなり、彼女その場を逃げるように走り去っていった


「(結局、私は捨てることができなかった。夢に向かっていたあの時代は、紛れもなく輝かしき日々だった。

 だが、今まで生きてきたこの数十年も、仮初めなどではない(まこと)の私……嘘をつけるはずなど、ないではないか)」


 残留していたソウルは完全に消滅し、彼の生命は幕を閉じた。


 結局のところ、彼は長く生きすぎたのだろう。

 だからこそ、奇跡を見ても尚、それをただの過去の夢としてしか見れなかった。

 理想に到達したとしても、そこで今までの人生を否定できるほど、彼の過ごしてきた時は短くなかった。


 彼は最後の最後までは、自分の人生を悔いることもなく終わったのだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ