28C
自身の命が保証されたからか、バールは何も躊躇することなく、語り出した。
「あの魔物は高い知性を有していた――いや、我々人間とは一線を画すほどに、進歩した種族だった」
「進歩した種族だと……」
「そうだ。あの超大型の魔物、あれは当初、人の言葉を発することができる程度の知性しか有していなかった。
しかし、時を追う毎に学習し、言語の仕組みを理解した。そして、我々人類の思考もまた、その掌中に収めた」
彼の口にする内容は、いつかの答え合わせだった。
「最初は人を与えた。魔物は自身らを寄生させることで、弱点とする光に対して耐性を得た。
首都で起きた事件により、人間の心理が彼らの理解する通りのものであると確信したのだろう。次なる段階では、自身の因子を撒き散らし、人間そのものを変異させるように差し向けた」
「子供であれば、親が守ると判断して、か」
「そう。そして、人体を魔物の構造に作り替えることにより、より確かな耐性が獲得された。その過程で、動物などの寄生も行われたようだが、私の知るところではない」
アルマもこれは全く知らなかったが、シナヴァリアとダーインは思い当たる節があるらしく「あの奇妙な魔物か」と呟いた。
「そしてお前達の戦った魔物は、その集大成。あの超大型は自身の内部に大量の人間を取り込んでいた。そして、今度は変異ではなく、魔物の種によって孕ませた。
完全な魔物の構造を持ち、光属性の母胎から生まれることにより、耐性は人間のそれを上回るものに進化した。
生み出された魔物は集積され、あの卵鞘に詰められ、出撃の時を待っていた。
気付いていなかっただろう? お前達は、多くの民を殺しているのだよ。姿こそ異形のバケモノだが、あれは紛れもなく、ライトロード人の子供だった」
「……定義の問題だ。魂の在り方がどうであれ、あれは紛れもない魔物だった」
そう言いながらも、当然シナヴァリアは気付いている。
あの撃破された大ローチの中には、まだ生きていたであろう民が居たということ。
ただ、それであっても彼は踏みとどまらなかっただろう。殺傷を戸惑うほど、彼は信心深くはなかった。
「これで、自分達の調べが正しかったと分かったか? それで、満足したか?」
「調べの通りだ。しかし、魔物とそこまで密に関係を気付いていたとは思わなかった」
バールの危険性は、より高まった。
魔物と接触を図っていた以上、彼を生かしておくのは明らかに危険だった。
しかし、すぐさま手を下すことはできない。
手を出し倦ねた二人は、最後の確認を行うように問いを投げかけた。
「あの戦いに参加したのは、全て計算尽くだったのか?」
「…………当たり前ではないか。お前達がこの地に戻ったと聞いた時から、追及を躱す為には必要な手だと判断できた」
「えっ、それって……バールさんは……」
アルマは騙されたことに気付いて涙ぐむが、彼は何も答えず、彼女の方を見ることもなく冷血宰相と向かい合う。
「だが、お前達では私は殺せまい。私を殺せば、誰が何の為に殺したのか、すぐに分かるだろう。……そして、お前達ほど聡明であれば、そのことは分かるだろう?」
この老獪は全てを読み切った上で、安堵しきっていた。
自分がこの国の精神的主柱であると自覚しているからこそ、悪事を明かすことにも恐れを抱かなかったのだ。
「宰相、どうしたものか」
「……決まっている」
近づいてくるシナヴァリアを直視しながらも、法王は身動ぎ一つせず、厳かな雰囲気を保っていた。
だが、途端にバールは崩れ落ちた。