12
朝から夕方まで執務室に篭って仕事をする。それを毎日続けているからこそ、善大王は夜にはしっかりと自室で眠ることができる。
もちろん、毎日といっても例外もあり、行事の際には外に出ている。その時は夜に仕事を回し、一日の内に全てを完了させているわけだが。
そして今、善大王は今日の公務を思い出しながらも、読書していた。
そんな時、突然扉が開く。普通ならば身構えるところだが、彼の場合は本にしおり挟み、扉の方にやさしい笑みを向ける。
「アカリか。いきなりくるなんて、珍しいね」
シナヴァリアの教育の甲斐もあり、アカリは礼儀正しい。特に、善大王と接触する時はその傾向が強かった。
「善大王様……」
アカリはそれだけ言うと、善大王に抱きついた。
不意にされたこととはいえ、善大王は何一つ抵抗せず、優しくアカリの頭を撫でる。
「何か、つらいことでもあったのかな」
抱擁を解くと、アカリは頷いた。
彼女はあの任務から一日、ずっと悩んでいた。
自分が命を奪った側と同じ方に立ってしまったことを知り、罪の意識につぶされそうになっていた。
「善大王様、私は……善大王様の敵を倒しました」
「うん」
「私を……誉めて……ください」
今にも泣き出しそうなアカリの目をじっと見る。
「アカリ、強がらなくていいよ。僕の前では弱くてもいい、女の子でいいんだよ」
緊張の糸が切れたように、アカリは泣き出した。静かな城の中、彼女の泣き声は響き渡る。
泣き出すアカリを受け入れ、抱きしめながらも、善大王は彼女の背を撫でた。
本当ならば──養子として迎え入れていたのならば、彼女はこのような涙を流さなくて済んだのだろうか。そんなことを、彼は考えていた。
皮肉なことに、彼は暗部が何をする組織なのかを理解していなかったのだ。ノーブルが大丈夫だとだけ告げ、それ以上何も言わなかった。
彼の無知が原因というよりかは、暗部を本当の意味で知っているのはメンバーと宰相だけなのだ。
善大王直轄の騎士が聖堂騎士だとすれば、宰相直轄の騎士に当たる存在が暗部なのだ。
表の世界、明るい道を歩き続ける善大王に闇を背負わせるべきではない、それは歴代の宰相が引き継いできた意志である。
「怖くなったら、逃げればいい。大丈夫、僕が守ってあげるから」
そう言われた瞬間、アカリは胸の奥を穿たれたかのような感覚を覚えた。
守ってもらえる、その言葉の安心感は凄まじく、彼女を堕落させかねないほどの魔力を秘めていた。
それと同時に、自分が善大王に恩を返せなくなる、とも取れてしまう。
善大王にとって必要のない存在になりたくない、善大王の傍にいたい、善大王の役に立ちたい。そんな感情が混ざり合い、彼女の涙を止めた。
「私は、逃げません」
「本当に、大丈夫?」
「はい、善大王様……ありがとうございます」
涙でぐしゃぐしゃの顔で、できるかぎり精一杯の笑顔をすると、アカリは部屋を出て行った。
廊下を歩いていく最中、彼女は胸の高鳴りを覚えていた。
善大王は自分を抱擁してくれるような存在、安心できる存在。彼女にとってその概念が揺るぎだしていた。
根底は変わらない。だが、彼女が変わりだしている。
アカリは、善大王に愛されたいと願い始めていた。ただ一緒にいるだけではなく、もっと傍に近づきたい、と。
「夢……かぁ」
ひとつの目的地を見つけたアカリは自分なりにできることを探す為、歩き出した。




