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「あと少し……あと少しで」
アルマの周囲に刻まれていく《魔導式》はエルフの技法によるものではなく、正真正銘、彼女の《魔導式》だった。
刻んでいく文字は、封印術のそれに近い、自分の意識で紡ぎ出すものだった。
求める要項、それを達成する為の仕組み、これを考えながら展開していく。
形式に従って書き込んでいく術とは違う、そのやり方は先代善大王から教えられたものだった。
「……」
明滅するように、彼から手ほどきを受ける場面が蘇った。
「大丈夫。あたしは、もう一人前だから」
ぶっつけ本番に、即興詩を正確に描いていく。
そんなことに気付いてはいないものの、暴れ回る最中に、魔物は彼女の付近に到達してしまった。
「っ……!」
アルマの意識が、ほんの少しだけ現世に戻った。
こうした土壇場での一発勝負においては、集中は何よりも重要なことだった。
『大丈夫、何も間違えていないよ。みんなを信じて、そのまま真っ直ぐ……』
優しげなその声は、まるで幻聴のように彼女の意識に響き渡った。
無自覚に、アルマは周囲を見渡した。当然のように、その声の主はいない。
だが、彼女は笑った。
「うん……うん!」
アルマの意識は再び、深層へと戻り、《魔導式》の展開が再開される。
眼前には突っ込んでくる魔物の巨体があるが、彼女は何も迷っていなかった。
「断罪せよ《光輝の処刑》」
白い光を纏った無数の光刃が空中を舞い、怒濤のように魔物に突き刺さっていく。
本来ならば多方向から乱雑に突くはずの術だが、今はアルマの居る方角から一方向に放たれ、光の川を想起させる挙動をしていた。
二百番台を上回る攻撃により、紅眼の魔物は痛みから逃れるように進行方向をずらした。
アルマの真横を毛の生えた足が通りがかり、砂煙が上がるが、彼女は淀み一つなく《魔導式》を刻み続ける。
そして、ついに完成した。
「みんなッ――」
瞬間、全員は攻撃を中断する。
『離れてッ!』
音のない言葉により、全員が一斉に跳び、魔物の体から離脱した。
その異様な光景に警戒を示した瞬間――いや、逡巡さえ許さず、それは発動される。
「《光の砲門》!!」
刹那、激しい閃光、轟音に続き、強烈なエネルギーの塊が放たれた。その発射点は――《光の門》だ。
「《光の門》からの、正の力の直接照射……こざかしいわ! このわたしにそんなものが通用するなんて――」
虹色に煌めく光が一直線に進み、極光の場を空に形成しながら魔物を捉える。
命中と同時に場は空に止まらず、周囲一帯に広がった。
辺り一面を覆い尽くす、極光の世界の中、大ローチ型は抵抗を続けている。
「わたしは滅びないわ!! この世界で生き続けて――」
この魔物は、魔物であるという本分を忘れたかのように、強力な耐性を獲得していた。
この世界で生きるには十分する耐性であることは、疑いようもなかった。
しかし、負の力によって構成された魔物によって、純粋な正の力の照射は――正の力の世界での生存は、不可能だった。
その難攻不落とも思われた巨躯は凄まじい速度で分解されていき、粒子一つ残すこともなく、完全に消滅していく。