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戦力が急激に増加したこともあり、小ローチの撃破は想定よりも早く完遂された。
さすがにここまでの驚異的な戦力は予想外だったらしく、紅眼の魔物は増援を生み出そうとはしなかった。
いや、もう生み出せる余力がないのだろう。
事実、彼らが強化されていなければ、国を滅ぼすには十二分な戦力だった。
「深い絶望を与え、生き長らえさせるつもりだったんだよ、わたしは――でも、そうはいかないみたいね」
ついに、主力とも言える魔物が動き出した。
だが、誰もが僅かにも負けるとは思っておらず、次々と紅瞳の魔物に突っ込んでいく。
「はぁぁぁっ!」
反撃の如く、魔物は突進を行った。
大質量の高速移動によって生まれる破壊力は凄まじく、突っ込んでいた者達は片っ端に吹っ飛ばされていく。
本来ならば、そんなことは起こるはずがなかった。言ってしまえば、丘が動き出し、体当たりを仕掛けるも同然なのだ。
木っ端微塵に弾け飛ぶか、踏みつぶされるのがオチだ。
しかし、《星の秘術》による強化により、人間の耐久限界を遙かに越えた彼らは死にはしない。
その為に、まるで冗談のように吹っ飛んでいく。光に誘われた黄金虫が窓硝子に当たり、弾き飛ばされるように。
「つ、強い……」
「あの魔物達とは比べものにならない……!!」
紅色の瞳を持つ魔物が、どれだけ異質であるのかがここに証明された。
これがもし、藍眼の魔物であったならば、倒すのは容易だったに違いない。
まさに、次元が一つ違っている。
何体分かの戦力が足されたのではなく、戦力を戦力で掛けたような理不尽な数値差が生じているのだ。
こうなると、あれだけ莫大な数の魔物を撃破できた者達といえど、手傷を浴びせることさえできない。
「姫様、こうなったら……我々術者の出番ですか」
インティの進言はそこまでズレたものではなかった。
正の力による強化は皆を等しく強力にするが、直接力を振るう近接型と違い、正の力を媒介にして発動する術の方が破格の威力に到達する。
「ううん、それでも魔物をやっつけるには足りないと思うの」
彼女の読み通り、大ローチ型を撃破するには打点が圧倒的に足りない。
全く通らないということはないが、掠り傷を浴びせるようなもの。絶命させるには何百発の術が必要になるだろうか、考えるだけ不毛だろう。
「では……」
「うん。だから、みんなに来てもらったの」
「は」
アルマは目を閉じると、祈るように合掌した。
『みんなお願い。あの魔物を、ほんの少しの間だけでいいから、止めて』
その声は、不安に満ちた集合意識の中で一際大きな輝きを放ち、皆の注目を集めた。
策はあるのか、などと聞き返す言葉はない。誰もが彼女の言葉を聞いた時点でその術を知り、また知らずとも信じる覚悟があった。
瞬間、まるで光に集まる小虫のように、集結したライトロード人達が大型のローチに突っ込んでいく。
圧倒的な体躯の差からして、その様相はたとえの通りであり、当たっては弾け飛ばされてという具合だった。
だが、一つ大きな違いがあった。相手は無機質の窓などではなく、紛れもない有機物の生命体なのだ。
「目障りな人間共が!!」
視界を泳ぎ回り、自身の各所に張り付き、ダニの噛みつきのような攻撃を行う人間に明確な苛立ちを見せていた。
ダメージは全く入らないが、魔物は彼らを払うべく、高速移動を開始する。
無論、驚異的な衝撃によって次々と引き剥がされ、地面へと落下していく――が、それでも明確に負傷することのない彼らは、再び飛びついていく。
彼らに続くように、術者達が上級術を次々と発動し、大ローチに蚊が刺すのような疼きを与えた。
威力自体は誤差の範囲。しかし、本来苦手とする正の力は外皮に突き刺さり、違和感を生み出す。
「無駄な抵抗をッ!! 死にたがりの人間が!!」
そう、魔物は恐怖していた。
彼らは自身を鼓舞するような言葉を叫ぶこともなく、誰に命令されることもなく、次々と自死の如くに突っ込んでくるのだ。
そして、無駄だと分かるような結果を突きつけられても、本能に動かされるように何度も繰り返す。
《光の門》に接続していない紅眼からすれば、それがこの光景の見え方だった。
この魔物は多くの人間を利用し、耐性を獲得するに至った。
その過程で、人間の精神構造や社会性を理解し、それを攻め立てるようなことを幾度も繰り返してきた。
だからこそ、恐れる。知っているからこそ、その認識を遙かに上回る異常行動に恐怖を抱くのだ。