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彼らしくもない敗北の断言がなされたことで、アルマは顔を青ざめさせた。
「じゃあ……」
「あの魔物はどうしたことか、直接戦おうとはしません。ですから――我々があの卵より産まれてくる魔物の相手をします」
「うん、みんなを守らないとね」
「……姫様にも、逃げていただきます」
「なんで! あたしも戦う――」
「今までの戦いには勝ち目がありました。ですから、姫様に助力を求めましたが……この戦いに、勝ち目はない。そんな戦いに、巻き込むことはできない」
明らかに口調が変わったこともあり、アルマは事態の深刻さを悟った。
「でも……」
「善大王様は必ず戻ってきます。ですから、姫様はそれまでの間、なんとしてでも生き延びてください。あのお方と共に戦えば、勝機はあります」
シナヴァリアは、この場の戦力全てを犠牲にし、アルマを逃がすことを考えていた。
それもこれも、勝利の可能性を残す為。この紅眼の魔物との戦いにおいては、強力な使い手が確実に必要となってくる。
「やだ……やだよ! 逃げたくないよ! あたしは守られてばかりの、弱い子じゃないもん」
「……分かっていますよ」
「分かっているなら……なんで」
「あなたは光の巫女、天の巫女や善大王と並び立つに足るお方だ。この怪物を倒す為には、軍隊などではなく――きっと、英雄が必要となる」
他の者は、きっとこんなことを考えてはいなかっただろう。
彼は軍を統べているからこそ、その限界を知っていた。
当たり前だ。彼の用いる戦術は一人を一兵とすることで成立する、奇跡の介在しない戦い方なのだ。
勝利する為には必然的に、相手の力を勝る必要がある。一万の敵に勝つには、一万一の兵が必要になる。
だが、それ以外には必要がない。どんな形であれ、どんな人間であれ、その数に到達さえすればそれでいい。
一人の人間が一騎当千の活躍をする必要もなく、二倍の活躍をする必要すらないのだ。
安定度の高い戦術。想定外が発生しづらい戦術。それ故に、数で追いつけない相手を前にした際には、絶対に勝てない戦術とも言える。
ガムラオルスは飽くまでも英雄を否定し、全てをこの方法で打開しようとした。
だが、実戦の中で生きてきたシナヴァリアは、それだけではどうしようもならないことを知っていた。
そして彼は、ラグーン人以上に合理的な思想を持ち、我を捨てることに迷いはない。
自分の策が駄目であると分かれば、素直に対極の存在である英雄に縋ることも厭わない。
「他でもない、あなたにしか頼めない仕事だ――善大王様を、守ってあげてください」
「……」
子供に言い聞かせるような、それであって優しい言い方なのだが、彼は真っ当に懇願していた。
それが分かればこそ、彼女は辛さに絶えきれず、心が壊れそうになる。
「(まただ……また、あたしはなにもできないんだ。インティさんに頼まれたみたいに……なんで、なんであたしじゃ駄目なの!? どうして……)」
彼女は子供でありながら、どこか自分を軽視する嫌いがあった。
それこそ、自分を姫や巫女、聖女として扱わず、戦力として頼って欲しかったのだろう。その結果、果てることになろうとも、それを願っているのだ。
誰かを救いたいと心の底から思っているだけ。彼女は捨て身になっている自覚もなく、思うとおりに動きたいだけなのだ。
それは、ティアの性質とどこか似ていた。ただ、彼女の場合は渡り鳥のように自由ではなく、常に守られるような立場にいた。
好き勝手に動くことはできず、障害を打ち砕く腕力もない。
その手を何かを壊す為ではなく、何かを繋ぐ為に使い続けてきた彼女は、己の無力感に抗う術を持たなかった。