18y
「紅色の……瞳」
シナヴァリアは息を吐き出すように、そう言った。
「見たことない色……もっと強いのかな」
「魔物の第一陣、善大王様が屠ったことのある個体です。私は二度、高かったことがありますが――その全てが、善大王様の《皇の力》による勝利でした」
それはつまり、正攻法での攻略ができなかったことを指していた。
彼さえいれば、どんな魔物でも例外なく一撃で葬りさることができる。それ故に、紅眼の真の力は全く知られていないのだ。
「じゃあ……」
「戦いの中、我々の戦術も進化しています。無抵抗に殺されるという状況は、変化しているはずです」
「まったく、人間は傲慢だよ。進んでいるのが自分だけと思うだなんて、心外だわ」
巨体を誇るコックローチ型の魔物は老婆のような声で、明瞭な人間の言語を口にした。
「でも、まぁわたしもそれを知って攻め込んだんだけどね。善大王さえいなければ、恐れる必要はないからねぇ」
魔物にとって、善大王の《皇の力》は恐怖の象徴だった。
故に、戦争の第一戦目以降、紅色の瞳を持つ魔物は現れていない。
逆に、彼が戻らないと分かっていれば、攻め込まない手はなかった。
「魔物、この国を……善大王様だけの国と思うな」
「フフッ、なら教えてあげましょう。わたしは人間を使い、正の力への耐性獲得を進めたのよ。そして、多く作った同族のなり損ないによって、わたしは完璧な耐性を得た――あなた達の光属性は、もう通用しないの。分かった?」
それを聞き、さすがのシナヴァリアやダーインも驚き、沈黙した。
「つまり……教会はあの魔物と繋がっていた、ということですか」ダーインが小声で言う。
「どうやら、そのようだ。つまり、首都で発生した事件も、奴の仕業ということか」
確認を終えると、シナヴァリアは問い詰めるように「この大陸を包む霧も、貴様の仕業か」と言った。
「そう。わたしの因子を持つ人間を、多く作ることができたわ」
「ならば、貴様を倒せば……解決ということか」
「できると思っているのかしら? 愚かねぇ――でも、わたしが直接戦うこともないわね。あなた達にはこれで十分だわ」
魔物は言い終えると、竜尾の如く尾から、それに見合う大きさをした鞘状の物体を排出した。
「……なんか気持ち悪いね」
「あれは……ッ! 全員、あの卵に術を放て!」
卵、という言葉を聞き、誰もが困惑した。しかし、そうであっても軍人である彼らは、考えるよりも先に実行する。
第一陣の攻撃に間に合わなかったインティはもちろん、騎士団の術者達も一斉に上級術を打ち込んでいく。
無数の光が走り、色とりどりに煌めいた。
それらは一直線に卵に向かっていくが、紅眼の魔物はこれを阻むべく、驚異的機動力で射線に入る。
決して硬質とは感じさせない薄羽に、怒濤のような勢いで光属性の術が浴びせられていく。
本来ならばただでは済まないはずの攻撃だったが、先に見せた通り、魔物は全くの無傷だった。
「産まれる前に攻撃するなんて、無粋な真似はするもんじゃないよ」
「クッ」
「シナヴァリアさん、どういうことなの?」
宰相は眉を顰めた。
「おそらく、あの卵から産まれた魔物が……我々の動きを止めていた魔物。出現を許せば――首都を守り切ることはできない」