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大空のフィア  作者: マッチポンプ
中編 少女と皇と超越者
114/1603

11

「やぁ、アカリ」

「あっ、善大王様」


 善大王はアカリの部屋に入ると、近くの椅子に腰を下ろした。

 アカリは暗部に所属された時点で特別扱いはされなくなった。ただ、それでも居住地として城の一室が貸し出されていた。

 最初にきた部屋だけに気に入っており、別の場所に行く気になれなくなったという。

 それを見かね、善大王が説得し、ノーブルから許可をおろすに至った。とはいっても、借家代金は支払っているのだが。


「どうだい、最近は」

「……退屈、ですかね」

「平和がいいとは思うけどね」

「善大王様は、少し意地悪です」


 アカリは命令違反──正確には勝手な行動──が槍玉に上がり、謹慎処分を食らった。

 最初こそは隊長が報告したのだが、シナヴァリアはアカリに対して一切支援をしなかった。むしろ、アカリを意図的に追い払うように問題行動を述べた。

 シナヴァリアとしては暗部としての集団行動を学ばせるつもりだったのだろう。

 こうした謹慎期間一ヶ月の間、アカリは術の技術に磨きを掛けながら、隠密行動についても学んだ。シナヴァリアからも、哀れみか戒めか、課題が出されていた。

 ただ、あの戦いでシナヴァリアの凄まじさを知って以降、格闘戦についてはまったく手をつけていないというのが現状だ。


「アカリには夢があるかい?」

「夢……ですか。私はただ、善大王様に恩を返したいだけです」

「そんなことは気にしなくていいよ。僕としては、アカリに自分の夢を持ってほしいんだ。人は誰でも、夢を持てる。それを叶える為に頑張れるんだ」


 そう言われたアカリだが、言われてすぐに思いつけるほど彼女は幸福な環境にいなかった。

 言ってしまえば、この今が夢の真っ最中ともいえる。

 非日常的で最悪な状況に置かれていたからこそ、普通に生きることが夢となっていた。


「……普通に生きること、ですかね」

「謙虚だね。もう少し、わがままになってもいいんだよ」


 アカリは苦笑いを浮かべ、何も答えられないままに話を切った。

 しかし、彼女は気づいていなかった。

 こうして善大王と話す時、彼女は満たされていたことに。

 シナヴァリアは飽くまでも信頼できる師匠であり、先輩であり、家族ではない。

 逆に、善大王はアカリにとって、常人におけるの家族に当たる場所にいた。だからこそ、彼と他愛無い話をするだけでも、楽しい気持ちを享受できている。

 ただ、それには気づけない。なぜか善大王と話していると楽しく、心地が良い。アカリにとってはその認識が限界だった。

 それは彼女が不幸な身の上だから、ということだけが原因ではない。彼女にとっての家族は、自分を売った存在でしかないからだ。

 だからこそ、一致しない。だからこそ、良く分からない。


「善大王様」

「……なんだい?」


 アカリは一度戸惑った後、小さな声で「ぎゅっとしてもらっていいですか?」と言った。

 困惑した善大王だったが、すぐに朗らかに笑い、アカリの小さな身体を抱きしめた。

 やさしい抱擁、子に向ける親のそれに類似した行為に、アカリは心底安堵する。


「ありがとうございます」

「うん、アカリが喜んでくれたら僕も嬉しいよ」


 不意に、アカリは自分の夢を見つけてしまった。

 善大王のそばにずっといたい。それが、彼女に生まれた初めての願いだった。


 現場に復帰したアカリは早速シナヴァリアの部隊に戻ってきた。

 部隊編成が若干変わってはいたが、アカリは興味がないので何も気にしていない。


「今回は暗殺だ。善大王様の方策に異議を申し立てている貴族を消す」


 シナヴァリアも含め、全員何も言わない。

 アカリ以外は暗部としての経験がある為、国に不和をもたらす者を消し去ることに何一つ嫌悪感を持っていない。

 ただ、アカリはそうした者達とは異なり、善大王に逆らう存在という部分に着目していた。


「(善大王様に文句をつけるなんて、絶対に許さない。善大王様、役に立ってみせますから)」


 彼女は真っ当だった。だからこそ、危険な脆弱さを孕んでいる。

 作戦自体は簡単なもので、密に標的の屋敷内に進入し、貴族を暗殺するというもの。

 ただ、シナヴァリアはアカリには一切声を掛けなかった。まったく心配していなかったのだ。

 作戦当日、誰一人失敗することもなく、静かに屋敷内へと突入していく。


「ここからは別行動だ。可能な限り私兵は無力化しろ」


 これにはシナヴァリアと二名が当たることになり、肝心の暗殺は隊長とアカリが請け負う流れとなった。

 以前に隊長の命令を無視したこともあり、不信感こそ抱かれていたが、今回に関してはアカリがうってつけだと判断された。

 移動の最中、説明が入る。


「標的の寝室はベッドの傍に窓がある。付近の塔からその窓を狙い打つことは可能だ」

「術で射撃をしろってことですか」

「そうだ。シナヴァリアからの報告によれば、それくらいはできるだろう」


 コクッ、と頷き、アカリは隊長とともに塔を駆け上っていく。

 夜ということもあり、人気はない。私兵や監視らはシナヴァリア達が押されている為に警戒する必要性すらない。

 塔の三階に到着した時点で、隊長がアカリの背に立つ。


「早めに済ませろ。私はここで警戒している」

「分かりました」


 《魔導式》を展開しながら、アカリは考えていた。

 遠くに見える窓のそばにはベッドが置かれており、誰かが眠っている。顔などはまったく分からないが、それでも善大王に抗おうとする愚か者であるとは判断できていた。

 静かに、鋭く、確実に。

 《魔導式》が完成し、アカリは息を整える。

 アカリと同等の大きさの窓が小指の爪くらいにしか見えない距離。かなりのハイレンジではあるが、一発で成功させなければならない。


「《火ノ二十二番・炎矢(フレイムアロー)》」


 小さく呟いて詠唱し、炎の矢が放たれる。

 一度瞬きをして深呼吸をすると、ガラスが割れ、ベッドで眠っていた貴族に命中したことが確認できた。

 発火性を抑えているので、ベッドは燃え上がっていない。しかし……。

 目を大きく見開き、苦悶の表情を浮かべる男が窓に這い出し、そのまま地面へと落下していった。

 遠くだったからこそ、どの程度苦しんでいるのかを判断できなかったが、それでも男が落下した瞬間はアカリの瞳に映る。

 人間の身体をしたそれは、瞬間的にぐちゃぐちゃになり、腕などがあらぬ方向に曲がる。


「とりあえずは成功だ。撤収するぞ」


 隊長は通信術式を展開し、シナヴァリアに連絡を行う。


「……」

「どうした、早くするぞ」

「……」


 アカリが完全に固まっているのを見て、隊長は呆れたように彼女の身体を抱えて走り出した。

 人知れずに一人の男が死に、暗部達は静かに去っていく。

 屋敷から離れた場所でアカリは地面に投げられた。


「このようなことはこれっきりにしてくれ」

「……はは」


 アカリが笑った途端、シナヴァリアは胸倉を掴み、彼女の顔を検めた。


「アカリ」

「先輩、私……やりましたよ、善大王様の敵を、消しましたよ」


 無表情のまま、口だけが引きつった笑みを演出している。

 目は正気を失ったように泳ぎだし、呼吸は次第に乱れていく。


「シナヴァリア、アカリははじめてだったのか?」

「予行で人を殺すわけにはいきませんからね」


 一部を除き、暗部に入る人間は人の死に関わった経験があるものが多い。隊長も、アカリがその通過儀礼をした後だと考えていたのだ。

 明滅する意識の中、アカリの視界には部屋が写っていた。実験動物だった時代の、それも最後にみた部屋。

 死体が転がり、全員が全員、殺された後の光景。

 死をたくさんみてきた。だが、だからといって殺すことに慣れているわけではない。

 シナヴァリアは黙ってアカリを背負うと、隊長に「私が対処します」とだけ告げ、撤退を進言した。


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