11y
しばらく倒れていたアルマだが、ゆっくりと立ち上がった。
涙は止まらないが、血は既に止まっている。彼女にはもう、痛みはなかった。
「いか……なきゃ。あたしが、みんなを、助けなきゃ」
筋肉が露出し、黄色い脂肪が吹き出していた傷口は塞がり、抉られた欠損は寸分の狂いなく補填されている。
それを確かめてしまったからこそ、いくら辛かろうとも、痛みが怖かろうとも、彼女は立ち止まることができなくなった。
この光の国にいる限り、彼女は死より最も遠い位置にいる。それを知る者は、決して多くない。
誰かに頼ることはできない。頼ってしまえば、誰もが彼女を戦場から遠ざけるからだ。
「あたしが……あたしが、守るの。善大王さん達の帰る場所は、消させたりしない!」
痛みの痕跡や恐怖は塗りつぶされ、彼女はまるで負傷などなかったかのように、再び走り出した。
あの一戦があったからか、彼女の頭は急激に冴えていく。
どこかとぼけたような思考は洗練され、目下必要な項目に優先権を付けていき、実行していく。
「魔物が入っているなら、調べないと……」
彼女はそう呟くと、地面に触れた。
瞬間、アルマの意識は《光の門》と接続し、首都を走る網目を辿っていく。
「(……変な場所にいる人が)」
そこで接続は解除され、彼女は目を大きく見開いた。
「魔物だ」
確信を得た彼女は早かった。
該当した地点を暗記し、付近に到達した時点で魔力の照合――魔物のそれに近ければ術を発動させるという具合だ。
アルマは目視さえすることなく、魔物を次々と打ち抜いていく。見てしまえば、少なからず心が揺れると判断したのだろう。
凄まじい速度で魔物は撃破されていき、半刻もなく駆逐された。
最後の確認のように、彼女は再度《光の門》と繋がり、首都の状況を調べた。
無論というべきか、無事に全個体の撃破に成功したことが分かる。
「はぁ……これで、みんな助か――」
言いかけて、彼女は思い出した。
彼女が撃破した、国内の魔物の他、外からも大群が到来していると。
思った以上に規模が大きかった為か、彼女は完全に油断していた。
「なら、急がなきゃ。絶対に、間に合わせてみせるから」
彼女の足は休まることもなく、再び地面を強く打った。
疾く駆け、彼女は正門に向かう。外で魔物を迎撃しなければ、町に被害が広がると判断したのだ。
だが、魔物は既にそこまで迫っていた。
藍色の榴弾が城壁に命中し、炸裂する。その爆音に驚き、アルマは両手で耳を覆う。
「な……に?」
細めた目を開けると、再び砲撃が放たれた。今度は城壁を飛び越え、幾つかの住居を吹き飛ばす。
唖然としたアルマだが、そこに人が居ないことは分かっていた。
幸いというべきか、《光の門》に接続したことで人の分布は分かっていたのだ。問題は、この攻撃に驚き、民が無作為に散ってしまうこと。
「急がなきゃ、早くしなきゃ」
急に焦りが脳天に巡り、アルマは冷静な判断力を失った。
本来ならば、魔物が迫ったと分かった時点で逃亡を進めるべきだった。先ほどは通用しなかったが、いざ出現したとなれば、話は変わってくるのだ。
国外に逃れられないにしろ、大聖堂に避難させるなど手はいくらでもあった。
ただ、今の彼女にそれを要求するのは酷かもしれない。今のアルマは、自分の力だけでどうにかしなければならない、と切迫していたのだ。