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大空のフィア  作者: マッチポンプ
後編 ダークメア戦争
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10y

「バール……さん」

「皆、心を静かに保つのだ」


 法王はアルマを一瞥することもなく、そう言った。


「で、ですが魔物がいるというのは……」

「我々はどうすれば!」

「ただ、祈るのだ。今まで通り、絶えぬ祈りこそが調和を生み出し、平穏を作る」


 現実に引き戻されつつあった者達は、それを聞いた瞬間、穏やかな表情になった。

 彼らは例に漏れず、皆が皆、この非常事態に祈祷を始めたのだ。


「バ、バールさん! 早く逃げないと!」

「聖女アルマ、あなたも祈りを捧げるのです」

「しっかりして! 今はそんなことしてる場合じゃないよ!」

「民が乱れし時こそ、指導者は強さを示さなければならない……聖女アルマ、あなたこそしっかりするのです」


 皮肉なことだが、彼の言い分は最もだった。

 民が落ち着きを取り戻したのは、この取り乱して然るべき状況で、彼が強さを示したからに他ならない。

 人は誰しも、不安から逃れたがる。危険信号が人を(たす)く為のものと分かっても、痛みや疼きを嫌悪するのと同じだ。


 今、彼らは事態の打破や解決よりも、目先の痛みから逃れようとしていた。


 ――いや、心のどこかでバールが解決してくれるのではないか、という期待を抱いている。


 逃げるのが正解。ただ、彼女は説得する手段を間違えていた。


「(やっぱり、あたしじゃ駄目なのかな……善大王さんがいないと――)」


 刹那、彼女の脳裏に白い法衣を纏った男が過ぎった。


「……この国を消させたりなんて、しない」


 静寂の中、その小さな声は多くの人の耳に入った。

 しかし、それでも人々の祈りは中断されない。


「バールさん、みんなをお願い」

「……どこに行くつもりですか」

「あたしは一人でも戦うよ。だって、みんなを守りたいから」


 法王は何も答えず、目を閉じた。

 アルマは彼からの返答がなかったことには気を留めず、首都の外を目指して走り出した。


 ただ一人であっても戦う、という言葉に偽りはなかった。

 彼女はこの場で朽ちようとも、光の国を守り抜こうと考えているのだ。


 それは、《光の星》としての本能ではなかった。アルマという一個人が願い、望んだことだった。

 ただ一つだけ残った()との繋がり、彼の痕跡をここで消したくないと強く願ったのだ。


 人気(ひとけ)のない道を走ると、脇道からいつか見た半人半魔物が現れ、彼女に襲いかかってきた。


「もう来てるの!?」


 驚きながらも、彼女は着実に《魔導式》を構築し、反撃しようとする。

 しかし、当然ながら相手の方が早い。尖った昆虫の脚部が彼女の腕の付け根に突き刺さり、抉るように蠢いた。


「っ――ぁ」


 叫び声すら出せず、息だけが声のように吐き出される。

 肉が弄くられる感触、深爪した指が擦れるような疼きが襲い、彼女は涙を溜めた。

 《星》はあまりにも強すぎる痛みの場合、大部分がセーブされるようにはなっているが、触覚は普通の人間と同様に存在している。


 自分の体が滅茶苦茶にされる感触は、耐えがたい不快感をもたらす。

 そして、カットされない軽度の痛みは明確に意識を乱していく。


「ら……らいと、しょっと」


 詠唱を行おうにも、痛みでこわばった状態では呻きのような声しか出せない。

 《魔導式》が意識の乱れによって歪みだし、崩壊を始めようとした。


 だが、彼女が詠唱することもなく、それは黄色の光を放ち――魔物を打ち抜いた。

 体に突き刺さっていた脚が消滅すると、アルマは息絶え絶えになりながら、四つん這いになった。


「痛ったい……いたい……よぉ……」


 付け根を抉られた腕は体重に絶えきれず、彼女の頬は地面についた。

 傷口からは絶えず赤い血が流れだし、金色の瞳からは大粒の涙が滴った。


「しんじゃう……しんじゃうよぉ……」


 戦闘の緊張感が抜けたからか、意識は急激に弛緩し、彼女から闘志を奪い去っていく。

 あの場で咄嗟に術を発動できたのは、火事場の馬鹿力であり、気が緩んでしまえば同じようなことはできない。


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