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状況を打開する為にも、彼女は早急に人々へ魔物の存在を伝える必要があった。
しかし、出てすぐに問題点に気付いてしまう。むしろ、出るまで微塵も、問題があるとは思っていなかったのだ。
「みんなに言わなきゃいけないけど、言ったらみんな……驚いちゃうよね」
教会の使者がそうであったように、町はいつも通りの日常に包まれていた。
重税の解消、そして祈祷による労務などが人々の精神を安定させ、こうした日常を引き戻したのだ。
だからこそ、ここで急に魔物が現れたという絶望的な現実を知らせれば、彼らの心の落ち着きは一瞬で崩れされることになる。
「でも、言わなきゃ。教えなきゃ。みんなを助けるために」
良くも悪くも、彼女は単純だった。
だからこそ、迷っても最後には行動できる。
だからこそ、過ちに向かって走ることができる。
町ゆく人々は一人で走るアルマを見て、何事かと注目していた。
「みんな! 広場に集まって!」
走りながら、彼女は呼びかけていく。
当然、聖女の言葉である為、皆が彼女の後を追っていく。
老人はゆっくりと、大人は歩くような速さで、子供は彼女に追いつきかねない走りで。
そうして行列を伴いながら、彼女は広場へと到達した。
「みんな、こんにちは!」
皆はアルマの言葉を復唱するようにして、呑気にも見える挨拶を行った。
「今日はみんなに、伝えたいことがあるの」
真剣な顔つきに変わったこともあり、広場のざわつきは小さくなり、子供の興奮するような声だけになった。
「今、首都に魔物が近づいてきているの。それも、たくさん。だから、みんなには一度、ここから逃げて欲しいの」
彼女はあっさり、そんなことを言ってしまった。
しかし、誰もがアルマの言葉を信用せず、何かしらの冗談だと判断していた。
「聖女様、そんなことがあるはず……」
「ここ最近魔物も出ていないし」
「ううん、見たの! お城の高いところから、遠くに見えたの!」
彼女が真面目に力説するのを見て、大人達は不安を覚え始めた。
他の者ならばともかく、彼女がここまで大それた嘘をつくはずもない、と分かっていたのだ。
「みんなが逃げるまで、あたしがここで食い止めるから。急いで逃げて!」
「……魔物が? 騎士団はどうしたんだ!」
「首都にはほとんど騎士がいないんだぞ! このままじゃ、全員殺されちまう」
「えっ、ちょ、ちょっとみんな!」
アルマが切り捨てた最悪の状況、それが現実のものとなってしまった。
錯乱を起こす者、ばらばらに逃げ惑う者、諦めきって祈り出す者――そのほとんどが、彼女の意図から外れた行動であった。
この混乱を収めようと、彼女は声を張り上げて皆に呼びかけるが、それをかき消すほどに民の不安は高まっていた。
「みんな、聞いて! 大丈夫だから! あたしが、みんなを守るから!」
それでもやはり、声は届かない。
彼女はそれでも諦めず、何度も呼びかけ続けた。急がなければ、魔物が襲来すると言うこともあり、焦ったような声で言い続けた。
そんな時、鳳仙花が弾けるように、大きな声が散った。
「静まれ!」
そうした声が無数に飛ばされたことで、民は僅かばかりに冷静さを取り戻し、声に耳を傾けた。
「皆、落ち着くことだ……問題はない、この地は神に守られているのだ」
その言葉を発したのは、教会の長である法王バールだった。