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「隊長! 防ぎ切れません!」
「つべこべ言わずに迎撃しろ! 手を緩めれば死ぬぞ」
予期せぬ事態の発生。暗部ではそこまで少ないことではないが、アカリにとってそれは初めての体験だった。
暗部の動きが事前に気取られ、貴族側が騎士を大量配備して待ち構えていたのだ。
ただ、それが表に立たせることによる威圧ではなく、隠れていたというのが問題。完全に暗部を消しにきている。
この場での攻撃を支えていたのは言うまでもなく、アカリだ。
唯一火属性であることもあり、火力は桁違いだった。そして、彼女は術のセンスがよかった。
怒涛のような攻撃を支えるのがシナヴァリア。こちらは防御に特化した風属性なだけに、相手の攻撃を次々と防いでいく。
ただ、そんな二人がいてもどうなる話ではない。相手の数は二十、前衛の騎士が十五、後衛の術者が五。
隊長と二名の隊員が前衛で騎士達の猛攻を防ぎ、シナヴァリアがそれを支援しながら術の攻撃を片っ端に防ぐという状態。
この作戦は前衛側が負う負担が強すぎるのだが、隊長はそれでも強行した。騎士団への救援要請をだしたからこその無茶でもあるのだが、対処できる数を見誤っている。
「こ、こんな戦いでは生き残れない! 俺は逃げるぞ」
隊員の一人が戦場から逃れようとした時、シナヴァリアは小さく「隊長」と言った。
「構わん」
シナヴァリアは腰に刺していた剣で逃亡者を抹殺した。
「暗部は国に全てを捧げる。逃亡は死罪だ」
法度だからこそ仕方がないとはいえ、事態の悪化はみるも明らか。前衛二人の負担が加速し、攻撃を防ぎ切れなくなっていく。
「先輩、私も防御に回ります」
「指示を仰ぐなら隊長にしろ」
そう言いながらも、シナヴァリアは確実に防御を成功させていった。
「隊長! 私も防御に回ります!」
「君は攻撃を続行しろ! 可能であれば騎士団が来る前に決着をつけたい」
言ってしまえば暗部としてのプライド。
表の部隊に頼ること自体、彼らとしては好ましいことではないのだ。今回は最悪の事態だからこそ救援を呼びこそしたが、それでも防御で逃げ切ろうとはしていない。
だが、そうこうしている間に隊員の一名が負傷し、倒れる。それを見た瞬間、アカリは駆けた。
「《火ノ三十二番・炎弾》」
前衛とシナヴァリアという二段の防御壁から抜け、前衛よりも前で術を発動する。
当然、それを見た相手側は攻め時とばかりにアカリにターゲットを移した。
残る前衛は五、アカリはその数ならばどうにかなると読んだ。
「《火ノ二番・易火》」
攻撃性のある火が発生し、敵の騎士に向かって放たれる。
順列をかなり落とし、手数を増やしての戦術をアカリは取った。この状況では攻撃を止めることが死に繋がると理解したからこそであり、それは間違いではなかった。
しかし、敵の騎士は一斉に攻め込んでくる。もちろん、隊長や負傷中の隊員が防御に入るが、それでも二人を通してしまう。
一人に向かって火ノ二番・易火を放ち、僅かな時間を稼ぐが、それでももう一人が恐れもなく迫ってくる。
いくら低順列とはいえ、接近戦の速度には届かない。
剣が振り下ろされた瞬間、アカリの脳裏にはかつての光景がフラッシュバックしていた。
刹那、高速で動く緑がアカリの視界に写り、瞬間的に二人の騎士を倒した。
「隊長、前衛に加わります。防御は任せられますか?」
「……だが──分かった。手を打とう」
シナヴァリアは目つきを変えた。
「アカリは後衛を狙え。低順列でもいい、相手の攻撃頻度を少しでも減らせ」
「は、はい!」
恐怖に怯えていたアカリだが、その凛々しくも頼り甲斐のあるシナヴァリアの言葉で正気を取り戻した。
《魔導式》を展開し、後衛に攻撃を放つ最中、シナヴァリアの戦闘がいやにも目に入ってくる。
それは壮絶の一言。相手が重装備の騎士だというのに、剣一本だけで正確に鎧の薄い場所を狙い打っていく。
目に写るのは静止した時のみ。それ以外は緑色が動いているとしか思えない。
前衛を殲滅した後、残った三人は防御の姿勢を崩し、後衛へと攻め込んだ。
完全なまでの意趣返し、術者が接近戦に弱いのはアカリと同じ。
全てが終わった時、アカリは息を切らしていた。隊長も、負傷した隊員も。
ただ一人、シナヴァリアだけは毅然とした様子で周囲を見渡し、アカリ達には見えないような距離にいる騎士団に気づいていた。
その時、アカリは格闘戦を学ぶことを諦めた。
自分がこれから先、どれだけ努力しても、シナヴァリアには勝てないと理解してしまったからだ。
 




