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「そろそろ行くね」
「教会の目もあります。行く場所を是非」
「……大聖堂に、行ってくるね」
「はい」
そこでインティと別れ、彼女は城下町に向かった。
「聖女様、今日はどちらへ?」
声をかけてきた男に気付くと、アルマは元気のなくなった笑顔を向けた。
「大聖堂に行くよ」
「はい」
その男は教会から派遣された護衛だった。
インティが護衛として機能するのは、城の内部だけ。それ以外の場所では、こうして専属の護衛が付き従うのだ。
さすがのアルマでも、それが暗躍の防止であることは分かっていた。
こうして教会側の人間がいるとなると、密かに民を集め、調べを行うことができなくなる。
とはいえ、道すがらに彼女を拝むことくらいはできる為、民側は疑問を抱きはしない。
まさに、彼女だけを縛る鎖だった。
「聖女様が来てくだされば、皆も喜びます」
「うん」
インティと話していた時と違い、今の彼女は無理にも調子をあげていた。
良くも悪くも、自分が弱っていることを伝えられる相手が、彼だけなのだ。
自身が聖女である以上、民の前で落ち込んでいるわけにはいかない。子供とは思えない、強い義務感だった。
「……そういえば、あなたの名前、まだ聞いていなかったよね」
「私はただの護衛ですよ。明日は別の者かもしれませんので……姫様を煩わせたくはないのですよ」
幾度か問いかけてみたが、毎回これと同じ返しだった。
彼の言った通り、ほぼ毎回別の護衛があてがわれており、その者の身分さえ掴めないまま別の者に変わるという具合である。
それはまさしく、教会が彼女を恐れていることの証明だった。
彼女のカリスマがあれば、こうした護衛から切り崩し、自身の勢力に組み込むことができる。
だからこそ、護衛には情報の開示を禁じ、継続的な関係の構築も禁じているのだ。
こうなると、アルマは自身の手札を増やせなくなる。都合の良い傀儡の完成だ。
――だが、彼女はいつまでもそうしてる気はなかった。
「別の町にいって、みんなを励ましてあげたいんだけど……駄目かな?」
「……申し訳ありませんが、聖女様を危険に晒すわけにはいかないので」
「でもっ……!」
涙ぐみ、縋るようにして言うと、周囲の人々は注目した。
護衛の男はしばし考えた後、「まずは大聖堂にいきましょう」と言い、彼女の手を引いた。
早足気味に進んだこともあり、予定よりはやく到着することになった。
彼女の来訪に気付くと、信者達が集まってくるが、護衛は断りを入れながらアルマを奥へと誘った。
「あたしだけが安全なところに――」
「分かりました。しばらくお待ちを」
さきほどの勢いをそのままに説得しようとした矢先、護衛は小さく頭を下げると、別の部屋に入っていった。
そこでアルマはフリーになった。良くも悪くも、護衛に縛られない時間が生まれた。
「(何か、魔物に繋がるのが見つかったら……)」
魔力の察知を行うべく、目を閉じた瞬間――扉が開けられた。
アルマは急いで目を開けると、護衛の男を見つめようとした。
だが、そこにいたのは法王の側近である若者だった。
「聖女様、護衛の者から聞きました」
「……えっと」
「バール様の側近、バルバです」
「う、うん」
法王の側近、ともなると教会の中心に近い人物のはずだが、アルマはまったく面識がなかった。
しかし、名前が分かって安心したのか、すぐに調子を整えて話し始める。
「バルバさん、あたし……他の町や村に行って、みんなを励ましたいの」
「皆、今のこの状況をつらいとは思っていませんよ」
「でも――」
「ですが、聖女様が望まれるというのであれば、私からバール様に頼み込んでみましょう」
「……何日くらいかな?」
「少なくとも、一週間は掛かります。ですが、それ以上は掛けるつもりはありませんよ。なにせ、聖女様が外出するとなれば、多くの者が動きます。その準備が一週間、と考えていただければ」
アルマは久しぶりに、純粋な笑みを湛えた。
このバルバという男は地位からは想像もできないほど、柔軟な対応を取ると約束しているのだ。
一週間、という数字も人を動かすことを考えれば妥当――それどころか、法王当人と当日中に話を通すほどの迅速さである。
「聖女様が直々に出向くとなれば、民も喜ぶことでしょう」
満足な返答が得られたとあり、アルマはこれ以上詮索することはせず、深々と頭を下げてから部屋を後にした。