31χ
――雷の国、イルミネート。ダーム商会本部にて。
「クラフォード、ご苦労だった」
「はい」
黒は背もたれ両肘を掛け、足を組み替えながら「これで雷の国は、軍事国家に変わる機会を得た」と言った。
「善大王を生かしていたことが、功を奏しました」
その言葉を聞いた瞬間、ボス代理は富豪を睨み付けた。
「それはお前が判断することじゃねェよ。それとも、これで自分の失態が帳消しになるとでも?」
「結果として、我々に利することになった。それは紛れもない事実かと」
「チッ、面の皮が厚い男だ」
「それが、ラグーン人としてのし上がる、第一条件ですので」
彼の譲らない姿勢に根負けしたと言わんばかりに、黒は「ハッ」と軽く笑った。
「当初の計画では、私が今回に近い提案をするはずでした。ですが、それを王自ら助力を願った善大王が取り仕切った、となれば怪しむ者はいないでしょう」
「ンなこと言われなくても分かってンだよ」
今回行われた国防策は実のところ、組織が意図する通りのものであった。
組織が将来的に王家の機能を凍結させ、自主的な統治を行わせようとしている、ということはかつても語った通りだ。
火の国の盗賊ギルド――こちらは黒の思惑で潰されたが――や水の国の冒険者ギルド、光の国の教会などがそれに該当する。
雷の国については富豪がこれを担当するという手筈だが、彼らは資本こそあれど、戦力については大きく水をあけていた。
その対策として、組織は雷の国の国民性を大きく変えようとした。
「戦いが終わった後も、国民の戦争に対する関心は維持されています。工場についても、沈黙したアルバハラのもの以外は稼働中――そのアルバハラにしても、復旧が進められています」
「こちらの想定通りだな。以前の雷の国なら、戦いが終われば必然性のなさから、軍備増強は止めていただろうな」
「コミュニケーションよりも資本に重きを置いていたラグーン人が、大きく変わったということですね」
「ああ、そうだ。奴らは連携することによる一体感を覚えた。この不安が蔓延する時代において、その快楽は至極のものとなる――向こうでの調査通りだ」
戦略においては、情報がものを言う。
ことミスティルフォードの情報において、組織はどんな集団、個人よりも上をいっている。
彼らに次いでいたのが、とある個人だった、というのが皮肉な話だが。
「しかし、闇の国を迎撃してもよかったのですか?」
「……あれがどうなろうとも、組織には何の関係もない。こちらはもとより、軍事的勝利を目的としていない」
国家機能を停止させ、民に主権を与えることこそが、組織としてのゴールだった。
故に、何を壊す必要もなく、誰を殺す必要もない。それをするのは他でもなく、この世界に生きる人々なのだ。
組織がするのは、彼らが決起するように仕向けること。戦争を引き金に、国家の力を削ぐことだけだった。
故に、闇の国が敗北しようとも影響はない。主宰こそ同じではあるが、蜥蜴の尻尾のように切り離せる存在でしかないのだ。