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――雷の国、ラグーンにて……。
「おいおい、こりゃ何かの冗談かい?」とアカリ。
「……うむ、こっちの方が都合がよさそうだ」
善大王は笑みを湛え、右手を差し出した。
「旅の道ずれだ。まぁ短い間だが、仲良く頼む」
「……ハッ、最悪だねぇ」
嫌々といった様子で手を出し――たのはいいが、アカリの差し出した手は左手だった。
「……」
「利き手が左手なもんで。悪いね」
「……いやはや、俺こそ気が利かなかったな」
善大王が手を引っ込めると、アカリもそれに倣おうとした――が、彼は左手で彼女の手を強く握った。
「よろしく頼む」
「……はぁー」
とても大きなため息をつき、仕事人は「はいはい、よろしく頼みますよ。善大王サマ」と皮肉を込めて返した。
「お互いの了承も取れたということで――善大王様、本当にありがとうございました」
「おい、あたしは?」
ラグーン王はしばらく黙った後、気にしないと言わんばかりに続けた。
「あなたがいなければ、この国はなかったことでしょう」
「ご謙遜を。俺ができたのはせいぜい、首都への侵攻を防げたくらいだ。それだって、指揮官を潰し損ねた」
「あなたが凌ぎきってくれると信じていたからこそ、よそに向かえたんですよ」
「じゃ、まぁ感謝を甘んじて受け取るよ」
そう言うと、王は表情を変えた。
「ええ、感謝します。ですが、恩義は感じていません」
「ああ、そうか」
「我々は自国の力によって、敵を退けました。あなたにはその手助けをしていただいた――だからこそ、こうして船も用意した」
「悪魔と相乗りすることになったがな」
皮肉のような言い回しだが、海上でアカリが大人しくしている保証はなかった。
頼んだとはいえ、一度は本当に殺されかけた相手である。悪魔と評してもおかしくはない。
「ですので、同盟に戻れと頼まれたところで、引き受けかねますので」
「もとよりその気はねぇよ。俺としてはただ船を貸してもらえりゃ良かったんだ」
「……では、これ以上何かを言うことはありません。そちらには元指名手配犯もいますので、早々にお引き取りを」
ずいぶんと冷たい対応だが、これが雷の国なりの自衛だった。
下手に恩義を着せてしまえば、再び同盟に組み込まれる危険性があった。実際、今回の防衛戦にはそれだけの借りが存在していたのだ。
だが、ラグーン王は自身の名を汚し、厚顔無恥に振る舞うことでその義務から逃れようとした。
国家的信用が著しく低下するようなやり方だが、雷の国が生き残る為には必要な行為だった。
無論、善大王はそれを理解していた。だからこそ、自分まで醜態をさらしたくはないと、穏やかに対応しているのだ。
たとえ強く押したところで、王が受け入れることはなく、また脅しも効かないと分かっているからだ。
――だが、それは合理の枠組みでしかない。彼はそうせざるを得ないラグーン王を哀れに思ったからこそ、余計な叱責を加えることを避けたのだ。
「みなさん、みなさん。もう出発しませんか? こうやって出発待機でじらされてると辛いんですわ、ホント」
口を挟んできたのは、今回の船長であるチャックだった。
「そりゃあたしも同感さね。さっさと行きましょ」
「黙ってて。ライトが大事な話をしてるの」
「ハーン、えらいえらーい。でもねぇ、ちびっ子が首つっこむところじゃないよ」
「……私はライトのことを想って――」
「そう喧嘩しない。これからしばらくは船上の友になるんだ――じゃ、ラグーン王、俺達は行くとするよ」
「はい」
そう言うと、一同は真っ白な船に乗り込んだ。