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大空のフィア  作者: マッチポンプ
後編 ダークメア戦争
1119/1603

27Ϛ

 ――甲板にて……。


「まさか、あなたが生きているとは思わなかった」

「皮肉か?」


 立て膝で甲板に座り込んでいたカッサードへ声をかけたのは、ヘレンだった。


「死を選ぶと思った」

「ハッ、そのつもりだったわ! だがな、部下が命を賭して、この命を繋いでくれた――散らせるわけにはいかんだろう」


 最初こそは仕返しをしようとしていた将軍だが、大人しく撤退することになったのは、それに気付いたからだった。

 もし、彼がその気であれば部下数名では止めきれなかっただろう。


「負けだ! 惨敗だ!! この戦い、何も得ることができなかった!」

「あなたは生き延び、そして勝利した」

「……部下が生き延びてこその勝利だ」

「私は全滅すると見ていた。部下を連れて戻ってくることができたなら、勝利。仕留めきれなかった善大王達は、負け」

「慰めているつもりか? らしくもない」

「……」


 ヘレンは何も言い返さず、(きびす)を返した。


「お前に慰められるようでは、第一部隊の名折れだな!」


 自分の中で沈黙の意味を解釈し、カッサードは一人で奮起した。

 だが、真意とは違っていた。


 皮肉でもなく、本音でもなく、自嘲としてその言葉を紡いでいたのだ。


「(捨て駒に利用したあの男は生き残り、犠牲の上に動いた私は、事を成せなかった……本当の敗北者は、私)」


 特殊勝利の存在する局地戦と違い、大局で事を決める戦略の戦いでは、その一場面での勝敗は明白ではない。

 ただし、彼女はこの敗走を明確な失着と判断していた。

 敵の基盤を打ち砕き、後続の戦闘に繋げるはずの戦だったが、結果としては少数の破壊にとどまっている。

 その上、相手は此度の戦いで基盤を確かなものにし、より攻略が困難になった。


 勝ち、負け。白黒は付いていないが、この一手で天秤が大きく傾いたことは明らかだった。


「敗北者……? いえいえ、立派な活躍でしたわ」

「まさか」

「あの戦いで、天使の姿を見た人は多くいたことでしょう。その天使が誰のものかが明らかになれば、雷の国は荒れますわ」


 背後から聞こえてくる声を聞きながらも、ヘレンは振り返ろうとはしない。


「巫女様のお力です」

「ええ、ですが――あなたは十分に役目を果たしましたわ。あれ以上を望むつもりはありませんの」

「……取り消してください」


 ライムは口許を緩めた。


「はい?」

「取り消してください」

「何を?」

「……立派な活躍、という言葉を。私は敗北を受け入れています」


 少しずれた答えに、巫女は妖しい笑みを浮かべた。


「律儀な方ですわね」

「……」


 返答もなく、彼女は船内へ戻っていった。


「ありゃどういう意味だぁ?」

「あら、分かりませんの? 勉強が足りませんわね」

「……あの女はマゾヒストってことだろ? それか、責任感が強いか」


 ライムは肩を揺らしながら笑い、「全然違いますわ」と言い返した。


「じゃあ、何だって言うんだ?」

「……あれはささやかな抵抗ですわ。自分が程度の低い人間であると認めるくらいなら、敗北を選ぶという――高いプライドに裏付けされた言葉ですの」

「分からんもんだな、人間(・・)ってのは。低くみんなよクソガキ、とでも言えばいいものを」

「人間の社会はあなた方の社会と違い、不合理で雁字搦(がんじがら)めになっていますのよ。それに、そちらの社会でも、同じことを言えばひねり潰されるでしょう?」

「クハハ、その通り。ただ、こんな中途半端に文句言う何ってのが珍しかっただけだ――雑魚なら雑魚らしく、ヘコヘこしてりゃいい」


 そう言うと、蝙蝠のような姿をした男――人間のような姿をした蝙蝠とも――は、翼を大きく広げた。


「しかし、今回の戦いは面白いものが見れた。こりゃ、向こう(・・・)でも活用できそうだ」

「ええ、戻ることができれば」


 途端、蝙蝠男は飛び退き、紅色の瞳でライムを――彼女から伸びてきた、巨大な三本指の爪先を見つめた。


「なんだよ」

「クソガキ、というのが心外だっただけですわ」

「チッ、人間風情が……はいはい、私が悪うございましたよ」

「よろしい」


 悪魔のような爪は黒い霧のように消え去り、彼女は余裕を持った笑みを取り戻した。


「まったく、人間にも怖い奴がいるもんだ。こんなんじゃ、家畜としても生かしておきたくないもんだよ」

「なら、隣人として考えてみては?」

「冗談――にしても、お前……何者だ?」


 その声は今までの茶化したような声ではなく、真剣な――冷え切った刃のような鋭さを有していた。


「聞くまでもないでしょう? わたくしは神様の巫女、それ以上でも、それ以下でもありませんわ」

「ハッ、聞くだけ無駄か。アバヨ、巫女さん」


 そう言い残すと、蝙蝠男は飛び去っていった。


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