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大空のフィア  作者: マッチポンプ
後編 ダークメア戦争
1118/1603

26

 彼は自分の死によって、死の確定した多くの兵隊を生存させようとしていたのだ。

 それこそ、紛れもない運命への叛逆であり、人が獲得した機能だった。


 神がそれを肯定するかはともかくとし、摂理はそれを決して許しはしない。だからこそ、絶対的な壁となり、抵抗を無為にするのだ。

 人がそんなものに抗おうとすれば、当然――命を差し出すしかない。


 強烈な定めの重力。急流の川を、滝を登っていくかのような――常に未来に進む時を逆行し、過去へと遡っていくかのような。

 世界への激しい反発は、それに見合う激しい摩擦を生み、(ソウル)の熱量を極限にまで高める。

 極限まで高められた力は、必然として炎の形を取る。


 カッサードの身より放たれる覇気は、次第に蒸気やオーラの形を越え、より高度な力に変化しようとしていた。


 刹那、フィアの術が発動した。

 強烈な破壊の奔流が運命に抗おうとした男を押し流し、理を正常に向かわせようとする。

 だが、橙は藍と混ざった。小さな一つの焔と、ではなかく、大きな揺らめきと。


「カッサード将軍、逃げてください!」

「この場で生きるべきは、あなたです」


 幾つかの、莫大な量の声が、善大王の耳には聞こえていた。

 藍色の揺らめきは橙色の奔流に抗いながらも、次第に勢いを失っていき、板に穴が空いたように貫通した。


 導力の光が消えていくと、次第に状況が明らかになっていく。

 善大王の前方には数え切れないほどの骸が連なり、どれがカッサードだったのかさえも、もはや判断できなくなっていた。


「……結果オーライ、か」


 客観的にそう判断し、戦場を改めて確認しようとした。

 勝負は、善大王の勝利だった。


「結局、奴はステイルメイトにさえ持ち込めなかったわけだな」


 視界が白く明滅した。


「……クソ、今日は《皇の力》は使ってねぇぞ」


 その明滅が、ある瞬間から収まった。

 途端に、彼の視界は歪む。(まぶた)は湿り気を持ち、胸の奥が締め上げられるような感触が襲った。

 嘔吐をするように、彼は震えた声を吐き出し、両膝を付いた。


「なんだよ、なんだよ……」


 彼は泣いていた。目の前の無数の屍を直視することもできず、地面にうずくまった。


「こんなの、大したことでもないだろ……当然のことだろ! なんで……なんだよこれ」

「ライト!」


 それまで、僅かにもなかった罪悪感が急激に膨張し、彼を押しつぶそうとしていた。

 目的の為ならば手段を選ばない彼が、敵対者の死によって激しい悲しみを覚えている。


「ライト! どうしたの!?」

「分からないんだ。何故か急に……」


 嗚咽(おえつ)を聞き、フィアは瞳孔を縮めた。


「ライト、それは間違っていな――」


 何が起こっているのかを理解しながらも、彼女は善大王にかけるべき言葉が思いつかず、黙り込んでしまった。

 そんな時、屍の山から這い出すようにして、敵兵が立ち上がってきた。その中には、カッサードもいた。


「馬鹿者共が……敗北を抱えて、こんなに多くの犠牲を背負って、帰れというのか!」


 将軍は地面に落ちていた、ボロボロの剣を拾い上げると、善大王に近づいていった。

 フィアは彼の存在に気付いていない。善大王は、そんなことに目を向けられるような状態ではない。


 カッサードが剣を振り上げた瞬間、何人かの隊員が彼を押さえつけた。


「カッサード将軍、ここは逃げましょう」

「黙れ! 差し違えてでも、部下に報いる!」

「あなたが生き残ることこそが、我々の願いだったんですよ! こんなところで差し違えられては……無駄死にです」


 部下にそう言われ、将軍は渋々と剣を地面に投げ捨て、息のある負傷者を三人ほど抱え、その場を離脱していった。


 あと一歩、ではあったのだが、ここで善大王を殺していれば――間違いなく、彼の命はなかったことだろう。


 逃亡していく兵隊には目もくれず、フィアは善大王を見つめていた。

 彼女もまた、敵との本格的な交戦が善大王の命に関わる、と本能で理解していたのかも知れない。


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