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――首都、ラグーンにて……。
「あれはなんだったんだ?」
「ライカだよ」
「……そうか」
「でも、生きているみたい。死ぬわけないんだけど」
「なら、とりあえずは問題ないな。ここで助けられれば手っ取り早かったが」
口調は余裕げな二人だが、戦況は決して良いものとは言えなかった。
死兵となった第一部隊の面々は凄まじい精強さを誇り、長時間戦っているというのに、まだ半数以上が残っている。
なにより驚異的だったのは、部隊長であるカッサードが善大王とフィアを相手に生き延びていることだった。
特異的な体質を持たず、術を行使しない彼が生きているという時点で異常なのだが、その上若干押され気味というのも異常だった。
「あれが暴れた時点で、俺達が助けに行くのが道理だったんだがな」
「だね」
想定外の苦戦だった。だが、決して負けの流れではない。
「向こうは決着がついたみたいだぞ?」
「それがどうした!」
「いや、教えてやろうと思ってな。お前達は負けだよ」
この勝利宣言は確かなものだった。
確かに、カッサード率いる部隊は天光の二人を追い詰めてはいるが、それは永続的に続くものではない。
無尽蔵とすら思える体力の将軍はまだしも、他の隊員は疲弊しきり、当初の実力を発揮できなくなっている。
「ククク」
「なにがおかしい」
「ククク……確かに、この戦は我々の負けだろう。だが、この一局は勝たせてもらう」
善大王は小さく首を傾げると「何のことだ」と小さな声で問うた。
「ステイルメイト、というものを知っているか?」
「……俺がお前達を仕留めきれないと?」
「勝利の決定した盤面で仕留めきれていないというのは、すなわち貴様等の負けということだ!」
善大王は鼻で笑うと、目を鋭くした。
「確かに、俺達はお前らを狩りきれず、向こうの決着を待つことなった。紛れもなく、負けだな」
善大王は言い、続ける。「だが、それは戦術的な敗北だ。俺はその次元にいない」
それこそが、彼の理だった。
いくら戦術的に敗北しようとも、戦略において勝利すれば問題ない、と。
だからこそ、この敗北を素直に認めることができるし、そこに悔しさを覚えることもない。ただ純粋に、客観的な判断を下すだけだ。
「天下の善大王の敗北だ」
「だが、それは土産話としては弱いな。頭の柔軟な奴じゃなきゃ、お前の勝利を認めはしない」
「……それでいいのだ。少なくとも、私は勝利した」
「負け犬の遠吠えか、勝ち逃げ宣言か。どっちにしろ、その仮定は成立しないぞ。お前達はそれを伝えるまでもなく、ここで果てる」
無駄口を叩きながらも、フィアは粛々と《魔導式》を展開していた。その規模は、上級術に達している。
「逃げろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
周囲一帯に響き渡る声に驚き、善大王は一瞬だけ唖然とした。
それを見計らうようにか、兵は一斉に走り出す。
「チッ……フィア! 奴らを焼き払え」
「……駄目」
何故、と言いかけるが、彼は振り向いた瞬間にその意図に気付いた。
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!! 善大王ッ! その首、このカッサードが貰い受ける!」
瞬間的な燃焼を促したかのように、将軍は凄まじい覇気を放ちながら突進を仕掛けてきた。
それ自体はたった一人の人間の抵抗に過ぎないのだが、そうとは感じさせない気迫が確として存在している。
「フィア、冷静になれ! あの兵隊を逃がせば、それこそ俺達の負けだ。奴の狙いは負けが確定した状態からの、兵の逃亡なんだ」
「ライトが殺されたら、それこそこっちの負けだよ!」
「俺は死なない! あんな捨て身の男には――」
「今のあの人には勝てないの! だから!」
急に聞き分けが悪くなったと判断し、善大王は彼女の判断を軽視し、カッサードに向かって走り出した。
フィアが術を兵隊に向けて撃つように、彼は誘導しようとしたのだ。
だが、彼は見えていなかった。正真正銘、今のカッサードは魂を燃やしていたのだ。