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「……へぇ」
彼女が呟いた瞬間、術は解除され、空は蒼を取り戻す。
天使の片翼は穴だらけではあるが、未だ健在。そして――ラグーン王は傷一つなく、その場に立っていた。
「だいぶイかれてるねぇ、あんたのところの隊長さん」
「……全くです。この有事に、そのような手は打ってほしくありませんでしたが」
「申し訳ありません」
アカリの片腕は銃撃により傷を負い、紅い血を流している。
バルザックはあの場面、止められるという保証はなく、それでも彼女を撃ち抜いた。
無論、それで術が中断するはずもなかったのだが、仕事人は何を思ったのか解除している。
「理屈はくそほども使えないけど、覚悟だけは汲んでやるとするよ」
「……悪いな」
「撃った相手に言うかい、それ」
銃弾は彼女の身を多う七色の光に包まれ、体外へと排出された。
それと同時に、彼女の二重強化の効果が切れ、通常状態へと移行する。
「さーて、これであの天使を止める手がなくなったわけだけど……どうすんだい? イかれた隊長さん」
「……闇の巫女を倒す、それで姫様の洗脳は解除される」
「はいはい、それができたら苦労しないよ。実際、あの雨あられの中、向こうの巫女さんは部下を守り通したくらいさ」
そう言われ、警備軍の隊長は闇の国の一団を見やった。
そこには、多少の被害を負った部隊、そして無傷のままの部隊長とライムが立っている。
「どんな手品かは知らないけど、まったくもって驚異的なものだよ、ほんと」
「こんな状況で、どうしてお前はそんな余裕そうなんだ」
「ん? あたしからすりゃ、あの天使をそれなりに痛めつけられれば満足ってところさ。向こうの虎の子をああまでやっつけてやったんだ、売り込みとしては最高だろう?」
「まさか……裏切るというのか!?」
「勝てない戦いには乗らないものさ。今回の勝利条件は、相手があたしを買ってくれるくらいアピールする、ってところかね」
もとより、彼女は勝利をものにできるなどとは思ってもいなかった。
少なくとも、天使の力を完全に引きはがせれば、まだ勝利の可能性はあった。
だが、翼が残っているからには、戦力を完全に無力化できたとは言えない。つまるところ、彼女が乗りたくない戦いとなったのだ。
「ならば、ここで撃つ」
「やめときな。あんたの攻撃じゃ、あたしを殺せはしないよ。それに……弾は大事に使わなきゃ、だろう?」
アカリはそう言うと、両手を挙げた。
「――とまぁ、あたしの力はこんなもんですよ。どうだい? おたくらの切り札を撃破寸前まで追い詰める実力さ、期待には答えられるとは思うがね」
「命乞いですの?」
「いやいや、売り込みですわ。こんな良い商品、そうそうお目にかかれないと思いますよって」
ライムは常々見せる余裕そうな顔とは違う、怪訝そうな様子で彼女を見つめた。
「こちらに加われば、ライカちゃんの攻撃から逃れられるとでも?」
「いやだなぁ、こう見えてもあたしゃ義理堅い女ですよ。仕事を受けたからには、それをきっちり果たす……ってのは、雷の国への奉仕を見れば分かるだろう?」
「ええ、それはもう。あなたが仕事に真摯であることは分かりましたが――わたくし達が許したところで、ライカちゃんは止まりませんのよ?」
それを聞き、アカリは小声で「あちゃーやっぱそうかぁ」と呟いた。
「それじゃ、ここで終わりかい?」
「はい、非常に残念な結果になりましたが――これからの一層の活躍をお祈り申し上げますわ」
「はは、今から死ぬ相手に言う言葉かい?」
「ええ、社交辞令ですので」




