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仕事人は目を閉じると、一つの導式を追加した。
「ほいじゃま、ぶっ放すとするよ」
「……はい」
今まさに翼が振り下ろされようとしていたが、アカリは一切身構えず、術の発動に移った。
一斉に《魔導式》が煌めき、莫大な量の力が周囲に散布されていく。
「《火ノ二百五十五番・最終隕爆撃》」
発動と同時に世界は色を変え、空は紅色に染め上げられた。
その紅色は全て、強烈な火属性の導力によって構築された炎弾。
数にしても、威力にしても、規模にしても、比類するものを持たない火だ。
もとより凄まじい破壊をもたらす術ではあるのだが、二重の強化を得たアカリの発動させたものは、通常のそれさえも遙かに上回るものとなっている。
一発一発が天使を構成する力を打ち抜いていき、ライカの身から引き剥がしていく。
ラグーン王の言うとおり、分離された力が再供給されることはなく、次第に紫の光が小さくなっていった。
「おぉ、これなら姫様は」
「……チッ、王様! ほらさっさと迎撃!」
既に片翼を失った天使は最後の足掻きとばかりに、残る一本で三人を消し去ろうとする。
しかし、ラグーン王が強く念じると、三人分の力場が形成され、この攻撃は意味をなくした。
「あと……少し」
無数の隕石はライカを傷つけないままに、天使の部位をはぎ取った。
残るは攻撃を終了し、戻ろうとする翼だけとなる。
「王様、もう何発か余計に防げるかい?」
「……それは、どういうことですか」
「時間の関係で、あんたを除外するようにはしていないのさ。っても、あの攻撃を防ぎ切れるくらいだ、問題はないだろうけどさ」
「……申し訳ありません。それはどうにも難しいようです」
彼は念動力により、落ちてくる火球の一発へと攻撃を仕掛けていたが、全くと言って良いほど威力が軽減できていなかった。
「……おいおい、どういうことだい?」
「言ったでしょう、あの天使は勝手知ったる相手だった、と。それに、私程度の能力ではあの威力を受けきるのは不可能なんですよ」
「なら、どうやって防いでいたんだい」
「力の波長を読み、受け流していたんですよ。幸い、私の能力はあの力さえも触れることができた」
種明かしが終わった段階で、アカリは納得した。
「じゃあ、まぁこれは防げないと」
「ええ、避けるのも……まぁ無理でしょうね」
「王様なのに無責任なもんだねぇ」
「少なくとも、あの子を止めることはできました。本当に、感謝します」
王の諦めきった様子に焦りを抱き、バルザックは仕事人の顔を覗き込む。
「あいよ。じゃあ、安心して逝きな」
彼女は術を解除するという手を取らず、このまま攻撃を続行しようとした。
そうしなければライカを止められない、という理屈の上ではあるのだが、それにしても王の死をなんとも思っていなかった。
しかし……。
「術を止めろ」
「口出しできる立場とでも?」
「ああ、これで口出しできる」
バルザックはそう言うと、拳銃をアカリに向けた。
ただの一発で殺しきることはできないだろうが、数発撃てば死亡は免れない。
そして、術を中断させようとするならば、殺すしかない。
《魔導式》の段階ならともかく、こうなると当人が自ら解除しない限り、止まらないのだ。
「ま、それをやってもらっても構わないけど……それやったら、ビリビリ姫は止められないし、この国は終わりだよ」
「止めろ……王が生きていれば、まだ手はある」
「根拠は? ラグーン人らしく、理で語ってもらわなきゃねぇ」
銃口を向けられながらも、アカリは随分と余裕だった。
実際、今の彼女は二重の強化により、身体能力まで強化されている。
一発二発の弾丸を受けたところで、死には至らないし、それを受けた時点で殺しにいくこともできると来た。
こうなると、脅しは一切通用しない。
「王が死ねば、お前の罪を許す者がいなくなる。善大王が相対した時、タダで済むと思うのか?」
「許される必要はないし、生き証人ならカオナシの兄さんで十分さね。それに、あたしゃここさえ生き残れば、あとはさっさと逃げさせてもらうだけさね」
「させると思うか?」
「止められると思うわけ?」
小隕石は速度を増し、地に到達しようとした。
途端、落下の音にかき消されるような小さな、そして軽い音が響いた。