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時が逆行したように、床に零れた水が戻っていくように、紫色の翼は空へと帰って行く。
巨大なスコップで土を掬い上げたかの如く、地面は抉り取られ、新緑は土色に変わっていた。
ただの一撃、それも《魔導式》の展開などもなく、これほどまでの破壊をもたらすというのはやはり脅威だった。
さすがは、この世の条理を覆す《星の秘術》というべきだろうか。
――しかし、掘り返された茶色に赤はない。
「……まさかね」
変わり果てた大地に、フランクは立っていた。その身には僅かな傷もなく、体力の消耗も感じ取れない。
だが、それは彼が意図して起こしたものではなく、当人も驚いているようだ。
「間に合い、ましたか」
そう言ったのは、ラグーン王だった。
「王、どうしてあなたが」バルザックが言う。
「この場に来る資格があるのは、私くらいだと思いましてね――実力としても、責任としても」
それを聞き、バルザックは顔を曇らせる。
「申し訳ありません。姫様を止めることが……できませんでした」
「いえ、謝る必要はありませんよ。あの子を止められる者など、そうそういないものでしょうし」
「ですが――姫様は自分の意志で戦っているとは、思えませんでした」
「……あの場にいるのは、闇の国のライム姫ですね。
ということは、彼女が操っているのでしょう。おおよそ、私の思った通りです」
善大王に多くのフォローを受けながらも、彼は真っ当に王であった。
ただ助けを求めるだけではなく、自身の力で判断し、行動するだけの力を有している。
内密にアカリを雇っていたこともそうであるし、彼女から受け取った情報により、敵を迎撃したこともそうである。
「別の地点での戦いは、全て勝利しました。後は、ライカを止めるだけですよ」
「……ですが――」
「よっ、王様。なんだい? その思わせぶり態度はぁ」
仕事人の無礼な態度に不快感を抱いたのか、警備軍の隊長は彼女を睨み付ける。
だが、アカリは気にするでもなく、そしてラグーン王もまた静かな様子でこれを聞いていた。
「時間稼ぎ、感謝します。あなたでなければ、ここまで止めきれなかったでしょう」
「……チッ、感謝より金が欲しいものだね」
「はい。終わり次第、相応の対価は支払いますよ――別途で」
「へぇ、分かってるじゃないかい」
二人の会話は隙だらけだった。それを狙いに来るのは当然であり、天使の翼は一団を一撃のもとで薙ぎ払おうとした。
「ライカ、今は話の最中です」
その言葉の後、再び草や土は舞い上がり、地面は大きく抉り取られた。
助けに向かおうとしていたものの、間に合わずに射程外で立ち尽くしていたフランクは、小さく身を震わせている。
翼が空へと戻った瞬間、彼はまたもや驚くことになる。
「いやはや、聞き分けのない子ですね」
「……王、これは」
「いやぁ、なかなかに刺激的な体験だねぇ――にしても、やっぱりかい。大口を叩いて出てきたからには、あんたがカオナシの兄さんを守ったんだろうとは思ってたけど、こんなことができたなんてねぇ」
真横でその力を見たからこそ、アカリは納得したように幾度も頷いた。
「そうです。私の持つ力――《超常能力》は、ただ強力な念動力です」
「ただ強力であれを防ぐもんかね」
「ええ、私一人であれば防ぐことはできなかったでしょう。今ここにいる私は他でもなく、雷の国そのものなのですよ」