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急激な状況の変化に困惑するバルザック、フランクは完全に動きを止めている。
この場でただ一人、アカリだけが危機感を抱き、術者としては危険な接近戦へと移行した。
しかし、彼女は何もない場所で転倒した。それどころか、起き上がるや否や、ライカとは逆の方向に向かって走り出す。
「我々の邪魔はさせない」
これまで静観を決め込んでいたヘレンは術を発動し、仕事人の認識を支配していた。
彼女がいままで黙って見ていたのは、兵器の効果実験を行っていた――というだけではなく、第二段階への移行を支援する為だった。
つまりは、この《魔導式》の展開を成立させる為。兵器の持つもう一つの――そして、本来の力を確かめる為に。
フランクはアカリの奇行を見て、この乱雑な雷撃に意味があるのだと判断し、ライカを殺すべく動き出した。
「手出しは無用ですわ。それに、面白いものが見られますのよ?」
「関係ない……斬る」
「まったく、忠実な駒ですこと。忠義は兵隊の美徳ですが、あなたのそれは狂気的な――機械的なものとしか思えませんわ」
言葉がなんの意味も持たず、彼は自身の姫を斬り殺そうとした。
だが、剣は何かに阻まれ、弾かれた。
「できれば、殺したくありませんの。兵器の活躍を彩るのであれば、敵国の人間を殺す方が絵になりますのよ」
「……何を、した」
「さて、わたくしにも分かりませんわ。神様が助けてくださった、ということで納得しては?」
ライトロード人ならばまだしも、ラグーン人にとっては冗談としか思えない言い分だが、巫女の身を守ったとすればおかしくはない意見だった。
――しかし、神がそのようなことをするとは思えない。それは、彼女自身が一番理解しているはずだ。
「あの方への義理立てもありますし、大人しくしていただけませんこと?」
「どうなる……この術が発動すれば」
「ですから言ったしょう? 面白いものが見られる、と」
残る一人にして、フリーのバルザックは迷いながらも、二人がライカを殺そうとしている意味を考えた。
「姫を殺すなどあり得ない……あり得ないが、あの二人の動きはなんだ。まるで、急いているようにか思えない」
彼はライカに許され、故に今こうして生きている。二人と比べると、比較にならないほどの恩義があるのだ。
だが、薄々と感じざるをえなかった。この《魔導式》のようで、それとは全く違うなにかが広がりゆく恐怖を。
何が起こる、という確信はないが、彼は銃を構えた。
「……」
スコープを覗き込み、紫電に包まれて視界は劣悪だが、頭部に照準があった。
そこに映るは、紛れもない姫の顔だった。苦しみ喘ぐ、ライカの顔だった。
バルザックは引き金に指を置くが、被りを振り、構えを解いた。
「無理だ……オレには姫様は殺せない」
顔が見えていないならばともかく、こうして理解してしまえば最後、割り切れる人間はそうそういないものだ。
彼が銃口を地面に向けた瞬間、辺りに広がる《魔導式》が不気味に明滅を始めた。
「――スター……ア、アドヴェント……」ライカの口がその言葉を紡いだ。
「さぁ、これがライカちゃんの本領ですわ!」
通常の術と比較しても――それどころか、《秘術》と比べても圧倒的に多い《魔導式》が凄まじい速度で溶けていき、世界に還元されていく。
瞬間、空中には巨大な光輪が形成された。
いつか闇の国と戦った時に見せた現象と同じ、この世の法則から逸脱した事象。
だが、今回は一つだけが異なっていた。
空中に構築される圧倒的な力の塊は、ライカを核として安定していたのだ。
「これこそが、完成形の天使召喚ですわぁ」