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「(っても、これで状況が打開したわけでもないしね。さてと……)」
彼女の逡巡を待てないと言わんばかりに、雷獣は速度を増しながら突撃を行ってきた。
最初とは違い、この直線攻撃は恐怖に満ちている。
「(向こうは咄嗟に切り返せるってのに、こっちはあの突進を真正面から止めるのは難しい……ってより、無理だね)」
軌道の読みやすさが消え去った以上、アカリは力をもって相手取る必要があった。
しかし、この突進は彼女の見込み通り、防ごうとしてどうにかできるものではないだろう。
攻撃を受ける危険を負い、回避行動を取るべきか。
避けるのは無理と割り切り、相手の打撃力を僅かにでも軽減すべきか。
「どうすべきか、なんて贅沢な願いさね――んなもん、生き残る方が優先さ!」
復帰直後から展開を行っていた《魔導式》を起動し、仕事人は自分の直下に向かって放った。
雷獣はほんの僅か、瞬きをするような時間だけ走りを緩やかなものにしたが、突撃を止めることはしない。
「そう、それで正解さ! だけど、あたしに得をくれてやっちまったみたいだねぇ」
術が発動し、アカリは空中に吹っ飛ばされた。無論、彼女は防御の術など用意してはおらず、自身の強力な――除外文による軽減のない術に直撃した。
服が本格的に発火するが、それを叩いて消すこともなく、彼女は下方に広がる光景を瞬時に捉える。
「攻撃対象を失い、直進……はは、予想通りだねぇ」
あの一着、ただの自爆のように見えたが、高度な思考を巡らせた回避行動であった。
「偶然の回避……ですね」
「まさか、自分から吹っ飛ばされたんですわ」
ヘレンは驚き「あの場であれば、術で牽制し、避ける時間を稼ぐべきでした」と術者としての反論をした。
「それは論外ですわね。やるなら、避けきるという自信を持って躱すか、最大火力で攻撃し、受け身を取るべきですわ」
やつれた女性の考えは間違いではなかった。ただ、この状況においては不適切である。
雷獣の機動力、火力を考慮するのであれば、中途半端な行動は死の確率を高めるだけ。どちらかに特化し、生存の確率を僅かにでも高めることこそが、この場での正解だった。
「しかし……それを行うにしても、術の威力を抑えるべきでは? あれを見る限り、威力は彼女の最大と思われます」
「ええ、ですから素晴らしいんですの。やはり、実戦仕込みの判断は鋭いものですわね」
そう、仕事人はライムの二論を押さえた上で、第三の選択を取った。それが、自爆による軌道からの離脱である。
「あの場で最高火力に高めたものを発動したことで、雷獣の判断を遅らせましたわ。もし怪我を恐れて出力を押さえていれば、取るに足らない攻撃と判断して接触が早まっていたことでしょう……なにせ、発動したのは所詮、ただの下級術ですもの」
机上の理論、座学的知識では理解のできない領域だった。
アカリは王道と言われる戦いとは正反対の、ダーティな戦場を生き抜いてきた。
だからこそ、単純な術の強度でも、体技の素晴らしさでもなく、盤外戦術のような心理戦に特化したのだ。
「――ただ、悪あがきですわね。空中に逃れたところで、ただの時間稼ぎにしかなりませんの」
ライムの言うとおり、雷獣は仕事人の真下にまで移動しており、落下しつつある彼女を打ち落とそうとしていた。
「引き延ばすところまでは引き延ばしたけど……ここまで、かね」
視界に映る風景は、紫電迸らせた一対の尾に支配されていた。
諦めるように目を閉じた瞬間、銃声が轟いた。