11x
雷獣の攻撃は常に一直線、単純な突進攻撃が主となっていた。
とはいえ、時折《魔導式》を展開し、冴え冴えとした雷撃の槍を放ってくる。
いくら制御ができていないとはいえ、巫女の実力を有した獣は並の人間には手に余る存在だった。
そう、並の人間であれば。
「はは、そのくらいじゃ仕留めきれんよ!」
茶化すように回避していき、隙を見ては下級術を直撃させていく。
対して進展のないように思われるが、この攻撃は間違いなく直撃していた。
攻撃の七割ほどは雷獣の撒き散らす紫電によって減退し、ほとんど無力化した状態で当たるにすぎない。
残り二割――いや、二割五分は彼女の有する二本の尾が打ち落とし、迎撃していた。
だが、一割にも満たない五分は防御行動に引っかかることもなく、雷獣の肉体にダメージを叩き込んでいる。
これが並の使い手であれば大きな影響にならないが、アカリは《選ばれし三柱》だ。ただの下級術であっても、破壊力は桁違いである。
その上、彼女は無限の導力を供給する《縛魂腕輪》を所持している。どんな小規模の術だとしても、その威力を仕様外にまで高めることが可能なのだ。
もし、この場が雷の国でなければ、数発を命中させた時点で明確な疲弊が見られたことだろう。
「(少しはヘタれるかと思ったけど、こりゃ参ったねぇ……いやぁ、本当に参った参った)」
雷獣は勢いが衰えるどころか、攻撃を命中させる度に凶暴性を増していた。
その上というべきか、魔力どころか肉体に至るまで、万全の状態と遜色がなかった。
確かに、術を直撃させた少しの間は体力が減少するが、ほどなく全快に至る。こうなると、不死身の相手と戦っているのと同じだ。
「これが巫女の力、ですか」ヘレンは呟く。
「ええ、適当に暴れさせるだけでも有用でしょう? あの方でなければ、実力に関しても不足はありませんわ」
巫女の持つ驚異的な回復能力。防衛の要とされるそれは、自国領である限り敗北や死と決別するほどの効力を発揮する。
直線的な行動しかできない獣であっても、アカリほどの使い手を相手にして不足のない時点で、その凄まじさが分かることだろう。
「確かに驚異的です。ですが、暴れ回るだけの戦力では、我が国の不利を覆すことは……」
「ええ、わたくしもそう思いますわ。夢幻王様も、この程度の活躍を期待していらっしゃるようで」
「……この程度?」
ライムのこぼした言葉に疑問を抱いた瞬間、戦況は変化した。
「馬鹿みたいに怒り狂って……本当に獣だねぇ! こりゃ」
叫びとも、吠えとも捉えられる音を響かせながら、雷獣はより早く、より乱雑に動き始めた。
見る限りでは乱雑、不規則な動きだが、アカリは瞬時に判断する。
「(こいつ、明らかに殺す動きに変わった。それどころか、明確に考えながら襲っているようにも――)」
蛇行で迫っていたはずが、その瞬間だけは完全な直線となり、接近速度が仕事人の目測を上回った。
「……ッ! やらせるか――って」
先の通りの方法で、しかし時間のなさから紙一重で避けようとしたが、雷獣のマフラーがアカリの回避方向に伸びる。
「しまっ――」