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雷撃を放った御輿はしばしの沈黙の後、再度攻撃を開始した。
初撃でさえ凄まじい破壊力を発揮したそれが、再び襲いかかるのだ。しかし、見張りの者達は既に死に絶え、伝えることはできない。
魔力の急激な上昇が検知された瞬間、御輿を打ち壊さん限りの出力で電撃波が放たれた。
「……!?」
――圧倒的な破壊により、工場は木っ端微塵になるはずだった。
しかし、雷撃は何かによって打ち落とされ、地面を抉り取っている。
「まったく、こういう割の合わない仕事はしたくないもんだよ」
「何者……」ヘレンは呟いた。
「《不死の仕事人》、大陸一の仕事請負人さ――覚えておくことだね」
口上を述べる終わると、工場の屋上から飛び降り、軍隊の眼前に躍り出た。
「あら、またお会いになりましたわね」ライムは言う。
「……あー、あの時は命を救ってもらったねぇ」
「そう思うのでしたら、邪魔をしないでいただきたいのですが」
「生憎、こっちも仕事でねぇ。前の時と同じさ」
「仕事、と言いますと……善大王様の差し金ですの?」
アカリは自嘲気味に笑うと、中指を立てた。
「いくら金積まれたって、あんな奴の仕事なんて受けやしないね」
「あなたが指名手配を受けていることは、調べがついていますわ。ともなれば、自主的に雷の国を守る為に働いている……と。クライアントに恩を売るなんて、立派な仕事人ですこと」
「それも違うねぇ。あたしゃ恩だ何だっていう不確定な計算はあまりしたかないのさ。あたしが敬意を示すのは、金だけさ。金だけ」
「では、富豪のどなたかで?」
「それも違うのさ。あたしは……ラグーン王に頼まれて、あんたらの動きを探っていたのさ」
それを聞き、ヘレンが怪訝そうな顔をした。
「我々の動きを探っていた? まさか、あり得ない」
「そりゃそうだろうねぇ。あんたらもこっちに根を放って、調べが浅いことを知っていたわけだしねぇ」
間諜を用い、雷の国側の動きを探る、ということはヘレンの部隊が行っていたことだった。
しかし、それは両国の衝突が開始した直後から行われ、今に至るまで継続している。それ故に、彼女は気付かれていないと判断していた。
「さすがの善大王サマも、あんたらの密偵が入り込んでいたことには気付いていなかったねぇ。そりゃそのはずさぁ。あんたらは情報を抜き出しながら、本隊はおろか、自分の部隊にさえ還元していなかったんだからねぇ」
仕事人は全てを看破していた。
ヘレンはこの最終局面での奇襲を確たるものにするべく、密偵を送っていた。
この情報を用いて戦うことで、少なからずは有利に事を進めることはできただろう。
しかし、それで得られる優位が刹那的ものであり、局地的なものでしかないということを理解していたのだ。
「そして、あたしもおたくらと同じく、情報を秘していたわけさ。伝えれば事前に潰すこともできただろうけど、それじゃあ……あたしの存在がバレちまうからねぇ」
諜報戦は幻術使いの戦いに似ている。相手の認識を一方的に支配し、それを利用する側が絶対的に勝利するのだ。
やったことは同じだが、ヘレンの間諜はアカリの存在に気付くことができなかった。諜報能力においていえば、彼女が勝っていたのだ。