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別働隊の面々は移動を続け、アルバハラの銃製造工場に到達した。
魔力を察知できるものがいるならばまだしも、ここにいる人間は全て民間人である。その上、彼らは休憩時間以外は工場内から出ることはないのだ。
外部で見張りをしている兵隊達についても、幻術の帳に覆われた軍勢を察知する力はなく、監視の意味を成していなかった。
あまりにも隙がありすぎる監視のようにも思われるが、そもそもこのレベルの幻術、気配隠匿の術は使われていなかったのだ。対応しろというのは酷な話である。
「では、兵器を配備します」
「ええ」
ライムに確認を取ると、ヘレンは部隊の面々に命令を下した。
すると、速やかに大きな御輿が運ばれてくる。
その御輿は大人が四人は座れるであろう、という大規模なものであり、運搬する人員も相当数用意されていた。
兵器は丁寧に運ばれていき、ヘレンらが見て点になるほどの距離にまで移動すると、地面に設置された。
運搬係の者達はすぐさまその場を離れ、部隊に合流する。
これが手際よく行われ、気配の隠蔽も続行されていたこともあり、工場側に気付かれることもなく完了した。
「巫女様」
「起動しますわ」
ライムの身より莫大な量の魔力が放出された瞬間、見張りを行っていた警備軍が驚いたような反応を見せ、武器を構えた。
しかし、それは意味がなかった。
刹那、御輿の内側から凄まじい雷撃が迸り、工場目掛けて一閃が放たれた。
初撃は斜め上に放たれ、勢いに負けるかのように天へと軌道を逸らしていく。
たった一度の攻撃。にもかかわらず、工場上部は斜めに切り取られ、角を取られたような形となった。
「おぉ」
「これが我らが兵器の力……」
部隊の面々からも感嘆、驚嘆の声が上がる。
「全ては計画通りの進行……今より第二段階に移行、各自散開し、敵の要地を破壊せよ」
ヘレンの命令を聞き、軍勢は無数の部隊に分かれ、移動を開始した。
田畑の焼き討ち、工場の破壊だけではない。彼女の兵站攻撃は、この国に致命的なダメージを与えるものだった。
この場に至るまでに、ヘレンは多くの手を打ってきた。
兵からの信望を集めていたカッサードに対し、自分の求心力は低いと判断するや否や、彼女は裏方に徹し続けた。
彼の用いる王道の――古くさい戦術では大きな成果を出せないと判断し、二軍の大部分を請け負うことでカッサードの指揮から完全に離脱した。
勝ちに行く戦いならばいくらでも策はあったが、彼女は職務に忠実で、ただ着実に成果を出すことを選択したのだ。
成果を出す為、ただその為だけに戦いが長引くことも受容し、カッサードの戦術にも口を出さなかった。
その代わりというべきか、ヘレンは自身の麾下である第四部隊のほぼ全てを万全の状態で維持し、この最終局面での奇襲の機会を待っていたのだ。
今までの戦いは補給路の破壊だけではなく、その要地を探る戦いでもあった。
故に、この大奇襲に際しては彼女が落とすべきと判断した地点へ、事前にある程度の兵が配置されている。
ライムが死に体の兵達を奮起させ、幻術によって数を水増しさせた幻影軍勢。
カッサードが死力を尽くし、逆転を狙った本命の作戦、主力による首都襲撃。
その二つによって兵力の配置が崩れた瞬間にこそ、彼女の策は目覚め、暴れ出すのだ。