5
――三年前。
「さて、早速可愛い子でも探そうか……ん」
可愛い幼女を探して歩き回っていた最中、《光の門》に入っていく幼女の姿を見た。
その外見の良さに釣られた俺だが、《光の門》が立ち入り禁止区域であることは当然知っていた。だからこそ、彼女が罰せられないように捕まえにいった。
構造物内に入った瞬間、周囲の空間が歪み、凄まじい眩暈が襲ってくる。
幼女の姿は見当たらない。俺はそのまま奥へ奥へと進み、道順を確認することもなく無我夢中で歩んだ。
しばらく進むと、広い空間に出る。おそらく、そこが中心地なのだということは察することができた。
金髪の幼女は円形の穴に架けられた、途切れた橋の前で立ち止り、何かを呟いている。
「お母さん……ここにいるんだよね?」
遠目から穴の中を覗き込むと、黄色い光の渦が生まれており、虹色の光が各所で煌めいていた。
とても美しい半面、信じられない程の安息感を覚えてしまい、俺は恐怖する。
それはおそらく、死を望む感触。心地よく眠りに落ちるのと同じように、俺は死を嘱望してしまったのだ。
刹那、幼女が足を前に出した。彼女がもしも俺と同じ状況だとすれば、間違いなく……死ぬ。
考えよりも先に足が動きだし、落下していく幼女の手を咄嗟に掴んだ。
だが、落下は止まらない。俺と幼女は二人で穴に落ちていく――はずだった。だが、そんな運命は受け入れられるはずがない。
俺は全身全霊の力を振り絞り、幼女を投げ飛ばし、陸地がある上方向へと向わせた。
肝心の俺はというと、そのまま穴へと落下していく。
死は免れない、それでも幼女一人を救うことができた。少しは未練があるが、それでも……救った命はある。
しかし、途中で降下していく感触が消えた。……俺はゆっくりと目を開ける。
「大丈夫かい? どうにか、間に合ったみたいだね」
黄色の光縄が俺の腕に結びつき、その縄の発射点には金髪の男がいた。
妙になよなよとした、線目の優男。そんな弱々しそうな外見とは裏腹に、立派な白い法衣を纏っている。
上にまで引き上がられた俺は助かったことに安堵する一方、こんな危険地帯にやってきた謎の人物に興味を抱いていた。
「あんたは?」
「僕は――いや、僕のことは後で話すよ。それよりも、君はすごいことをしてくれたね」
その言葉だけで、この男が国の人間であると分かった。勝手に侵入したことに文句を言いに来たのだろう。
軽く周囲を見渡してみるが、幼女の姿はなくなっていた。家に帰ったのだろうか。
「ここは危ない。早く出ていこう」
「……ああ」
もはや連行に近い形で城へと向わされ、ひたすら黙っていた。
俺はどうなるのだろうか。死刑か、それともそれ以上に惨い刑か。
男は途中で通信術式を発動し、何かを話していた。内容を聞くことは容易だったが、この後に起きるであろう悲劇を考えると、そんなことをするだけの冷静さを維持できない。
城に到着したが、不思議なことに人っ子ひとりいない。妙な静かさが余計に恐怖を煽った。
「緊張しなくていいよ」
「は、はあ……」
導かれ、辿りついたのは謁見の間だった。その扉の前で男は服装を整え、確認を取ってくる。
「いいかい?」
「ああ、覚悟は決めた」
扉が開かれると、立派な制服を纏った男達が並んでいた。まさか、侵入罪がここまで重大だったとは。
俺の手を離した男は玉座に座りこむと、こちらに手招きをしてくる。
……まさか、あの男が光の国の王――善大王だったのか?
「今回は良くやってくれた。己の命を顧みず、一人の少女を救った君は誉められて然るべきだ。よって、君に聖堂騎士の称号を与えよう」
「は……はぁあああ?」
あまりに予期しない言葉に、俺は度肝を抜かれた。「いや、俺は《光の門》へ勝手に――」
「うん、それはあんまり良くなかった。それでも、君は自分の命を捨ててでも他人を救おうとした、そんなことは簡単にできるものではないよ」
どうやら、俺は裁かれるわけではない。むしろ、この国でもトップクラスの名誉称号を貰うという……一体、どういうことなんだ。
善大王は俺の傍に寄ると、耳元で「あの子はちょっと問題がある子でね、それを含めて全員を納得させたよ」と言ってきた。
あの子とはつまり、金髪の幼女のことだろう。重要人物だったのか?
その日を境に、俺は聖堂騎士となり、光の国の所属となった。当然、冒険者も引退し、国の為に働いてきた。
その生活は後悔もなく、やりがいに満ちていた。良い思い出で割り切れる話だ。
しかし、あの《光の門》での出来事は忘れない。あの恐怖を、あの異常を……。