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――雷の国、アルバハラにて……。
「作戦は進んでいますの?」
無数の火の穂が揺らめくその場所に、ライムは現れた。
そこには藍色の軍服に袖を通した大勢の者達がおり、術者と思われる者以外は手に松明を握っている。
「はい、既に七割ほどの田畑を焼きました」
巫女の対応を行ったのは、第四部隊の部隊長であるヘレンだ。
彼女は主力部隊が首都を襲撃している内に、雷の国の生産拠点を破壊していたのだ。
成果でいえば上々のはずだが、ライムは少し不服そうに辺りを見回した。
「……この様子ですと、まだアレは使っていませんのね」
「はい。件の兵器は工場の破壊に用います。そちらの方が、雷の国に与える衝撃も大きいことでしょう」
「しかし、本当に無防備でしたわね」
「当然です。偽りの総攻撃、そして本命の首都襲撃、これらが見られた時点で我々に目を向ける暇はありません」
「本命とはよく言ったものですわね。主力を捨て駒にして、補給路の破壊を行っていますのに」
ヘレンは悪びれる様子もなく、ただ平坦な感情で応える。
「敵の部隊を打ち破るよりも、兵站への攻撃を行う方が効率的ですので」
「まぁ、どちらでも構いませんわ。わたくしとしては――闇の国としては、アレを用いて攻撃に成功した時点で、目的は果たされることですし」
そう、この戦いは絶対的な勝利を得られる、という前提の戦いではなかった。
善大王の存在は確かにイレギュラーではあったものの、大陸の攻略を行おうとすれば、この数でも不足は出る。
雷の国の攻略、ということであれば十分に可能だろう。しかし、もし陥落させることができたとして、即座に水の国との連戦に移行する。
かつて攻撃を行い、領土を奪い去ろうとした過去がある以上、闇の国が占拠したと知れば攻め込んでくることだろう。
このラグーンには《選ばれし三柱》が不在であり、勝利することも十分に可能だった。
しかし、水の国には公式に二人の《選ばれし三柱》が存在する。
圧倒的な兵力を有する闇の国とはいえ、連戦の疲労を抱えていて勝てる相手ではないのだ。
だからこそ、虎の子の兵器を見せつけ、後々の有利を引き込むことが目的となっているのだ。
「それにしても、やっぱり地味ですわね」
「勝利に向かうのであれば、必要な作業です」
ライムは人死にの少ない、兵站への攻撃に退屈さを覚えていた。
これは本土の国民でさえ同じことであり、戦果として持ち帰るには派手さに欠けたものだった。
ただ、確かに戦略としては重要な攻撃だった。
田畑の復旧には相当な時間を要する上、食料の不足は兵力の減退をもたらす。直接敵と打ち合い、消耗させるよりも安全な上、確実に効果が現れるのだ。
これまでの攻撃にしても、彼女は二軍の兵を用いて、生産力の高い地点を攻撃してきた。
戦闘結果としていえば、その全てが敗北ということになっているが、兵站の破壊は少なからず達成されていた。
報告が完璧ではないこともあり、善大王はこうした事情を知らなかった。薄々と勘づくことはあれど、確信には至っていない。
良くも悪くも、彼女は善大王に近い人間だった。




