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――雷の国、ラグーン城にて……。
「なに!? ニカドに奇襲だと?」
「はい。あちらに駐在している部隊からの報告、間違いはないかと」
あまりに不可解な報告に、善大王は頭を抱えた。
「死に損ないの部隊が起死回生の一手に賭けた? まさか、そんなことはないよな」
「いえ……襲撃してきたのは軍勢です。おそらく、首都以外を襲ってから英気を養おうとしている……というところですかね」
「よりにもよってあんな場所を攻撃するかよ」
軍勢の出現、という単語から想起するのは、幻術を用いた騙しという線。
しかし、そこまでの規模の幻術を使える者がいるとは思えなかった。なにより、疲弊しきった兵がいくら束になろうとも、精度の乏しくなった幻では騙しきれない。
「対策部隊を出すべき……でしょうか」
「ラグーン王はどう思う」
「私ならば、間に合う限りの兵を動員し、犠牲を減らします」
「……ならそれが正解だ」
ラグーン王は驚いたような顔を見せたが、すぐに頷き、部屋を出て行った。
「ねぇライト、本当に良かったの?」
黙って二人の会話を聞いていたフィアは、王が立ち去ってからようやく口を出した。
「正直、俺も状況が見えないんだ。今までの想定では、フィアの意見を汲んでも二人の司令しか見えなかった。そこに来て、三番目の人間の影がちらついてきた」
「ここまで動かなかったのはおかしい、ってこと?」
「……ああ。この規模の幻術を使えるとなれば、相手は向こうの術者隊だろう。こんな終盤まで取っておく、というのがまず分からない」
「前から動いていたって可能性はないの?」
長らく戦況を見てきたからか、フィアの判断は非常に冴えていた。
「なくもない……どころか、多分そうだろうな。古く遡ればアルバハラを襲った連中、そこに術者隊から何名かが回されていた可能性はある。それ以降にしてもそうだ。大したことのない戦力に、優秀な幻術使いが混じっていた」
優秀、と評価しているが、術者を含めた二軍部隊はほとんど打ち破られている。
ただ、この小競り合いを起こしていた部隊に共通していたのは、善大王と同じく陣取りを目的としていたということ。
つまりは、術者隊の指揮官は彼に近い思考を持っている、となる。
だが、今回は違う。戦略的判断をするのであれば、ここは降伏、もしくは撤退以外にはあり得なかった。
主力部隊と合流し、思想が混じり合った――という可能性もなかった。
戦術、戦略のどちらの目にしても、ニカドは決して割の良い場所とは言えない。
「首都に極めて近い場所を攻めるなら分かる。だが、ニカドは攻勢に出るにしても、一時拠点にするにしても中途半端な位置だ。警備軍の本隊がすぐに向かえる上、相手はある程度の消耗を覚悟しなければ、首都に攻め込めない」
「いまさらじっくり攻めていく、なんて考えるとは思えないしね」
善大王は思考を巡らせた。
ただでさえ思惑の絡み合った、スパゲッティのような相手の思考。そこに余計な線が追加されてしまった。
さしもの彼も、ここまで滅茶苦茶な行動を読み切ることはできなかった。
「(このニカド攻めの意図はなんだ? 攻めるでもなく、守るでもなく、広げるでもない……意図もなく、素人が攻め込んだような――)」
「それにしても、あの町の近くにそんなたくさんの人が隠れてた、なんて驚きだよね」
「……いや、それ自体は分からなくもない。奴らは地面に壕を作り、そこに隠れていたそうだ」
「そんないっぱいの穴があったら気付くんじゃ?」
「だから、定期的に発見しては埋め立てている。まさか、その中に入った奴らが生きていた……なんってことはあり得ないしな」
彼は地下に敵が潜んでいると聞き、各地の部隊に対策を教えた。
複数の松明を穴の深くに投げ込み、土で埋め立てるというものだ。
これは民でも行える為、大人数を用意して速やかに行われる。故に、相手は抵抗する間もなく地面の中で窒息していくのだ。
無論、不用意に民を危険に晒すようなことはせず、敵が弱り切るまでは対応を要求しなかった。
事実、ここ最近では抵抗する力も失われていたらしく、民間人に犠牲者は出ていない。
こうした兵隊以外も戦闘に参加するようになった時点で、駆除は凄まじい速度で行われていった。
ただし、明確な死亡確認はされていない。別の出口が存在していれば、生存している可能性もある。
そういう意味で、全く予想できないことではなかった。とはいえ、ほとんどあり得ないことではあるのだが。