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大空のフィア  作者: マッチポンプ
後編 ダークメア戦争
1094/1603

 ――雷の国、ニカド周辺の幕営にて……。


「親父、ビーフサンドを二つくれ」

「あいよ」


 戦場だというのに、その場所はとても栄えていた。

 警備軍が用意したテントの他に、民間の用意した露店が無数の設置されているのだ。


 ライムが見ていたのは、ビーフサンドというパンにレタスとハンバーグを挟んだ食事である。

 数年前までは奇抜な商品でしかなく、港の露店で売られている程度だったのだが、今や雷の国全体で流行している。その店舗も各地の町に増えているほどだ。


 無論、それだけではない。飴を売る店や小さな喫茶店のようなものまである。ちょっとした町、と言った様子だ。

 ただ、これは勝手に集まってきたものなどではなく、善大王及び、富豪主導のもとに集められた者達だった。


「おじさん、わたくしにもビーフサンド一つくださいな」

「あいよ……って、お嬢ちゃんみたいな小さな子がなんでここに?」

「お父様に会いに来ていましたの」

「ははあ、それはいい。家族と会うってのは元気になるものだ……ほら、一つはまけておいてやるよ」

「ふふっ、ありがとうございます」


 袋に詰めてもらったサンドを受け取ると、彼女はその場を離れた。

 陣地を歩く兵隊達が食べながらに歩いているのをみると、彼女も同じように袋からサンドを取り出して食べ始める。


 各所にある店を横目に歩き、ライムは雷の国の状況を確かめていった。

 この風変わりな陣地は兵の士気を高める為、戦場にあっても平時と同じ食事を得られるように、というコンセプトで用意されたものである。


 水の国などでは見られた食事への不満も、こうすることによって解消される。

 良くも悪くも、食が人の士気に影響することを善大王は理解していたのだ。


「(フフッ、これでは勝てるはずがありませんわね)」


 少女はビーフサンドを食べ終わると、満足げに陣地を離れた。

 それからしばらく歩き、背の高い草の生い茂る場所に到着した。

 草むらに入ると、彼女は(たちま)ち呑まれ、その姿は確認できなくなってしまう。


 ライムはずんずんと草を掻き分けていき、ある地点に到着した時点で草は獣道のようになり、進みやすくなった。

 道が穏やかになってさらに歩くと、地面に掘られた穴が見つかる。


「(あちらは町も同然の拠点。こちらは……穴蔵(あなぐら)暮らしですわね)」


 あまりにも対照的な環境に、彼女は自嘲気味に笑った。

 そう、そもそも戦いの次元が違うのだ。雷の国は最初期から陣地構築に尽力し、補給路を確立した。

 反面、闇の国はただがむしゃら(・・・・・)に戦い続けてきただけ。


 戦力こそ有利だったものの、長期戦に持ち込まれた時点で不利になるのは明白だった。

 持ち込んだ兵站は凄まじい速度で消耗し、不足分を補おうにも、必要になった頃には防衛陣が完成した後だった。


 兵は飢え、数の有利は食料面で大きな損害を生み出した。


 穴蔵の中へと入っていくと、戦況通りの悲惨な状況が広がっていた。

 兵隊の多くが栄養失調に陥り、病床に臥している。それだけならばまだしも、負傷によって動けない者も多い。

 むしろ、戦える者の方が少ないという状態だ。


「北にある拠点は発見されて……いましたわ」


 頭も働かないような状況でも、その言葉の意味を理解できない者はいなかった。


「生存者は……生存者は……いたのですか?」

「いえ、とても入れるような状況ではありませんでしたわ」

「それは、どういう……」

「塞がれていたんですの。少し掘ってみましたが、かなりの量の土が詰められていることが分かりましたわ」


 その言葉を聞き、兵のほとんどが戦慄した。反応しなかったのは、意識が消えかけているような者くらいのものだ。


「生き埋めに……!?」

「ええ、そうだと思われますわ」


 これは事実だった。ライムはここより少し北にいった場所にある、もう一つの穴蔵へと向かった。

 そこに存在していたはずの拠点は埋め立てられ、内部を確認する方法はなかった。


 考えられるのは、ただ埋め立てたという線。

 もう一つは、内部を(いぶ)してから蓋を閉めた、という線。

 どちらにしろ、弱り切った兵に抵抗する手段もなく、生き地獄を味わったのは明白だった。


「ただ、雷の国の陣営は相当に豊かなようで……ほら、こんなものをいただきましたわ」


 そう言うと、ライムは余計に受け取ったビーフサンドを取り出し、近くにいた兵に与えた。

 それを見た瞬間、まだ動ける兵が立ち上がり、食料を奪い取ろうとする。


「こんなものを奪い合っても仕方がありませんわ。奪い取るなら……敵の陣地から奪い取ることですわね。殺して、殺して、殺し尽くして……そうして奪えば、満たされるまで食べることができますわ」


 魅力的な発言ではあったのだが、彼らは既に負け、そうして逃げ帰った後だった。

 穴の中を満たす香りを嗅ぎながらも、戦意が回復することはない。


 ライムはため息をつくと、もう一言付け足した。


「警備軍は攻撃を仕掛ける準備をしていましたわ。ここで指をくわえて待っていれば、次に埋め立てられるのはあなた方ですわ」


 その言葉を聞き、ようやく兵隊は目を覚ました。いや、悪しき幻惑の中に堕ちた。


「生き残りたいならば、戦うことですわね」


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