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「あの子を養子にするのですか!?」
宰相ノーブルは驚きのあまり、声を荒げる。
「ああ、他に身よりもないみたいだし、助けた僕には義務がある」
「ですが善大王様、あのような身元も知れないような子を引き取るなど……」
ノーブルの意見は常識的だった。
善大王は光の国の王、そんな人間がどこの誰とも知れないような少女を娘にするなど、貴族などが認めるとは思えない。
「だが、彼女を守ると僕は約束した。善大王として、嘘はつきたくない」
「……ならば、こうしましょう。生活の保護をする為に国から金を出す、これならば問題はありません」
「金があれば充足するというわけではないよ。あの子は誰にも必要とされていない、と言った。彼女に必要なのは、家族なんだよ」
極端な理想主義者の善大王に呆れ、ノーブルは「できません」とだけ告げ、謁見の間を後にした。
ノーブルが向かったのは、問題の根源であるアカリの元だ。
「少しいいかね?」
ノックと同時にノーブルは声をかける。
「はい」
扉をあけると、ベッドの上で無気力な表情をしているアカリが目に入る。
「光の国での生活はどうかね」
「……」
「答えてもらわないと困る」
「良い国」
ノーブルからすれば、この問いに関する答えはどうでもよかった。
大事なのは、ここで問答ができる土壌を作ること。
「君の過去を話してもらえないだろうか?」
普通に考えれば、無粋な行動としかいえない。だが、ノーブルは顔色ひとつ変えずに問う。
それは無知故の行動ではなく、知った上での感情制御だった。
「はい」
アカリは自分の過去を話した。収容所での出来事など、明確に。
話し終える頃には夕方になっており、アカリは僅かばかりの空腹を覚え始めていた。
この国に来てから数日しか経っていないが、逆に数日間は真っ当な生活を続けている。
朝昼晩の食事があり、夜にはベッドで眠れる。いや、夜に限ったことではない、眠くなればいつでも眠れるのだ。
アカリが食事を欲していると理解しながらも、ノーブルは話を続ける。
「よく分かった」
口ではそう言いながら、ノーブルは厳しい表情のまま、アカリを見つめる。
「(なるほど、この娘は狼となりうる資質をもっているかもしれんな)」
ノーブルはアカリが収容されていた施設について、かなりの知識を持っていた。
攻め込む前の予備知識であり、その後の立ち入りでかなりの情報を仕入れている。
つまるところ、最初からアカリがその才を持っているのではないか、と予期していたのだ。
狼としての才能。それは、忠誠心と同時に非情さを兼ね備えられる者。
善意を持つ聖堂騎士、正義を持つ騎士団、それらとは違う性質。
「君にひとつ提案がある」
「なに」
「善大王様は君を救うように提言してくださった。だからこそ、君が望めば死ぬまで不自由しない生活を保証しよう」
そこで一度区切り、目つきを変える。「だが、善大王様に恩義を感じているというのであれば、暗部として働くといい」
「暗部?」
アカリはすぐに問う。善大王への恩義があるからこその反応速度だった。
「光の国が持つ、諜報部隊だ。この国の裏の仕事を担当している。正しい名前は陰陽騎士というが、暗部で通っている」
「……暗部」
「もちろん、こちらに所属する場合は生活保護は行わない。毎月に支払われる給与だけだ。一応言っておくが、決して多くはない」
普通であれば保護を受けるのが無難。賢い選択だ。
だが、ノーブルはどのような返答が来るのかを理解していた。
「……暗部に入る」
「分かった。善大王様にはそう伝えておこう」
ノーブルはそう言い残し、部屋を出た。




