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善大王が後続として送った部隊の到着により、敗色濃厚で士気の下がった兵は奮起し、果敢に戦い抜いていた。
当初配置されていたアルバハラ防衛部隊は、比較的優秀な戦闘能力を有した民で構築された部隊である。つまりは、民兵集団にすぎない。
指揮は警備軍から派遣された者が行っているが、実戦経験の面で闇の国には劣っていた。
しかし、正規兵を有した警備軍の到着、そして形勢の逆転によって彼らの勢いはついた。
このままなら勝てる、という気持ちに一同がなり始めた時、盤面が大きく揺らいだ。
「《闇ノ九十九番・黒霧》」
周囲には藍色の霧が散布され、視界が著しく悪化した。
それだけではなく、神経痛のような痺れが体の各所を襲い、僅かにだが確実に動きに制限が加えられる。
そんな隙を狙い撃つかのように、アカリがへなちょこと評した兵隊が斬りかかってきた。
咄嗟に拳銃を構え、発砲しようとするが、錯乱状態では狙いも定まらずに虚空を切る。
銃撃が外れると同時に、刃が兵の肩を捉え、そのまま袈裟の軌道で肉体を進んでいった。
激痛に呻き、その者は絶命した。
だが、剣は切り抜けることもなく、体の中腹で止まる。敵兵は蹴りつけるようにして、刺さったままの得物を取り戻し、血振りをしてから別の敵を探し始めた。
この辺りが、二軍戦力たる所以だった。戦闘に用いる技術という面でいえば、カッサード率いる第一部隊に大きく水をあけられている。
ただ、そんなことを冷静に観察できたのは、戦況を俯瞰できたアカリくらいのものだろう。
霧による視界劣悪な環境は、戦闘経験の乏しい兵のみならず、警備軍の兵でさえ苦戦を強いられるものだった。
一人、また一人と殺されていく。それに対し、闇の国の消耗は一人か二人が手傷を負う程度だ。
霧はいつまでも晴れず、神経痛の痛みが強まる毎に死亡していく速度は加速していく。
絶望を覚え始めた兵が逃げだそうとした瞬間、辺り一面を支配していた霧が薄れ、戦う者達の姿がシルエットに変化しはじめた。
「これは……どういう」
「思った以上ピンチみたいじゃないかい。ま、助けてやる義理はないけど、つけておいてやるよ」
この場にいる誰もが、その声の方を見た。
霧が完全に消え去った瞬間、声の主は結った一対の赤髪を揺らしながら、黒焦げになった術者を放り投げた。
「《不死の仕事人》、出血大サービスで無料ご奉仕さ!」
彼女の名乗りを聞いた瞬間、警備軍の兵は身構えたが、事情を詳しく知らない二軍の兵達はこれを良しとした。
「あの霧を一人で消し去るなんて」
「心強い救援だ!」
「勝てる、まだ勝てるぞ!」
本来であれば看過できるものではなかったが、彼女の登場が戦況を変えたことは間違いなかった。
警備兵達は強く握った拳をほどき、二軍兵達の反応に続いた。
「助太刀感謝する」
「我々に力を貸してくれ」
彼らまでもが自分を受け入れたと知り、仕事人は口許を緩め、満面の笑みを浮かべた。
「おうさ、そっこまで言うなら手を貸してやらなくもないねぇ」
彼女が隙を見せた、と判断した敵兵が斬りかかってくるが、アカリは眼光を鋭くした。
「せっかく盛り上がってるところ、邪魔しないでほしいんだけど――ねっ!」
足下で赤い光が強い輝きを放ち、兵は視線を動かした。
そこにあったのは、《魔導式》。それも、発動したものだ。
「ご丁寧に《魔導式》を見せてくれる、って習ったのかい? なら、あの世でもう一回勉強しなおしてきな」
近接距離で火の玉が形成され、顔面に向かって放たれた。
移動のエネルギーを有した火球がより強い破壊をもたらし、顔――さらには上半身に至るまでを炸裂させる。
「(ハッ、やっぱり大したことないねぇ。この戦争を生き抜いた兵隊なら、隠れている《魔導式》に警戒くらいするもんさ)」
魔力探知ができない者用の対策、それさえも習得していないという時点で敵の実力は知れた。
この弱小兵を率いていた術者数名に関しても、奇襲によって沈めた後である。もはや、この場で彼女に勝てる者は誰もいなかった。




